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flowbirth|Soul Core宇宙のときめきエッセンス

魂のコアを開き、本来の自分へ。ヒーリング、瞑想、気功、チャクラ、覚醒を通して、身体と意識、宇宙とのつながりを綴ります。中国茶や香り、神社や旅など、日々の暮らしの中で出会う小さな気づきも。

昔、とあるマスターから、

こんなことを言われたことがあります。

 

深い、深い海の中にいると想像してみて。

上を見ても、水面がどこにあるのかわからない。

下を見ても、足のつく場所はない。

手を伸ばしても、掴めるものは何もない。

どちらへ行けば海から出られるのかさえ、わからない。

そんな海の中で、

ただ、浮いていられるか。

 

そう言われました。

そんな状況になったら、人はおそらく、

もがきます。水面を探そうとする。

足のつく場所を探す。何か掴めるものを探す。

ここから出なければ。何とかしなければ。

このままではいけない。

それでも、何かを掴もうとせず、

どこかへ行こうとせず、何とかしようとせず、

ただ、海の中で浮いていられるか。

 

当時の私は、この話を、

悩みや問題が起きたとき、その中でもがくのではなく、

一歩引いて俯瞰して見ればいい。

感情や出来事に巻き込まれず、冷静に眺めればいい。

そういう意味なのだと、頭では理解していました。

そして、それで「わかった」と思っていました。

けれど、行を続けていくうちに、

「あのとき言っていたのは、こういうことだったのか」

と、まったく違うところから理解する瞬間が訪れました。

 

頭で「わかる」のとは違う。

身体の奥で、

「ああ……これか」とわかる。

 

そして気づきます。もがいていたのは、

「何とかしなければ」「答えを見つけなければ」

「ここから抜け出さなければ」

そう言い続ける、マインドだったのだと。

 

何も掴めない海の中で、

それでも何かを掴もうとする。

けれど、そこには何もない。

そのとき、何も掴まずにいられるか。

 

「マインドを手放さなければ」

そう思った瞬間、それさえも、

また掴むものになる。

マインドが動いても、

その動きに支配されずにいられるか。

 

わからないものを、

わからないままにしておけるか。

足のつかない場所で、

足場を作ろうとせずにいられるか。

 

あのときの言葉は、

頭で理解するためのものではなく、

体感し、体得していくための言葉だったのだと、

行が深まる中で少しずつわかるようになりました。

 

そして、不思議なことに、

「あの言葉の意味が、やっとわかった」

そう思ったあと、

さらに行を続けていると、

またあるとき、

「ああ、まだ奥があった」

と気づく。

 

以前の理解が間違っていたわけではありません。

そのときの自分には、

そこまでが見えていた。

同じ言葉なのに、自分が変わると、

見えてくるものが変わる。

 

そしてまた、

「ああ、こういうことだったのか」

と思う。

けれど、そこも終わりではない。

「悟った」「覚醒した」

そう思ったところを到達点にした瞬間、

そこにまた、自分で足場を作ってしまう。

 

「私はここまで来た」

という場所を掴み、そこに立とうとする。

けれど、あの海には、

もともと足場などなかった。

掴むものもなかった。

以前なら答えを出していたところで、

答えを出さずにいられる。

以前なら何かを掴んでいたところで、

掴まずにいられる。

 

そして、

何も掴んでいないのに、そこにいられる。

 

昔、とあるマスターから言われた、

たった一つの言葉。

「海の中で、浮いていられるか」

あの頃より、少し深いところで、

今もその言葉が響いています。

 

そしてきっと、この先には、

まだ知らない深さがある。

 

だから、何も掴まず。

ただ、浮いている。

 

 

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有形無形、そのあわいへ。
静寂のなか、本来の自分へ還る。
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