白毫銀針とは?白い産毛「白毫」から見える一杯の中国茶の向こう | 魂のコア|flowbirth

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20年ほど前。

私が初めて中国茶のお店で選んだお茶は、

白毫銀針(はくごうぎんしん)でした。

 

白茶というものが何なのか。

白毫銀針がどんなお茶なのか。

当時の私は、何も知りませんでした。

 

選んだ理由は、ただひとつ。

「銀針」という名前がきれいだったから。

 

今思えば、ずいぶん単純な理由です。

けれど、その名前の通り、

白毫銀針の姿は少し不思議です。

 

細く伸びた芽は、銀白色の細かな産毛に覆われています。

この白い産毛は、「白毫(はくごう)」と呼ばれます。

 

よく見ると、ふわふわとしたとても細かな毛。

茶の木から出たばかりの

若い芽や葉に見られるものです。

 

成長して葉が開いていくと、

次第に目立たなくなっていきます。

 

白毫銀針は、そんな若い芽を原料につくられる白茶。

 

だから、あの独特の銀白色の姿になるのです。

 

20年前の私は、そんなことも知らずに、

「きれいな名前だな」と選んでいました。

 

けれど、改めて白毫銀針を見ていると、

一枚の茶葉になるもっと前の姿が見えてきます。

 

一本の茶の木から、小さな芽が出る。

土があり、水があり、

陽が差し、雨が降り、風が吹く。

季節が巡り、やがて芽吹く。

 

その小さな芽を摘み、

人の手によってお茶になり、

遠く離れた場所まで運ばれて、

最後には、私たちの茶杯へ。

 

一杯のお茶として飲んでいると、

つい茶杯の中だけを見てしまいます。

 

でも、少しだけその向こうを見てみると、

そこには、茶の木が育っていた時間があります。

 

あの日、横浜中華街で飲んだ一杯の白毫銀針。

当時の私は、ただ、「おいしい」

同じ茶葉を買って帰りました。

 

ところが、家で淹れてみると、……不味い。

 

同じ白毫銀針なのに。なぜ?茶葉は同じ。

では、何が違ったのでしょう。

 

20年前に生まれた、小さな疑問。

その答えを辿っていくと、今度は、

茶葉ではないものが見えてきます。

 

お湯。

中国茶を淹れるとき、

先生から教わったことがあります。

 

「お湯は、何度も沸かさないこと。」

そして、沸いていくお湯を見ながら、

 

確か……

「魚の目」

 

そんな言葉を聞いた記憶があります。

 

魚の目?20年経った今、

改めて調べてみると、

そこには、ずっと昔から続く

お茶と湯の世界がありました。

 

一杯のお茶の、その向こう。

次は、「お湯」を見てみようと思います。