毎日のようにブログを更新していると、
大事なことはぜ~んぶ記録できているように錯覚してしまうけど、
ホントのホントに大切なことは、ほとんど書けないままに
空気みたいに拡散して、すぐに消えてしまう。
ノースカロライナに来て間もなく、大好きなお友達(子供)に出会いました。
何で大好きになったのかは、
私が異国で寂しかったからかもしれないし、
その子がとっても美しかったからかもしれないし、
その子のパパとママが離婚をして、まだ幼いのに継母さんと暮らしていて、
一緒にいてあげたくなったからかもしれません。
理由を探せばどんどん出てくるけれど、
単純に一緒にいると知らず知らずにエネルギーが溢れてくるような、大好きなお友達

しばらくは、簡単に会えていたのに、大人達の都合で急に会えない日がきてしまいました。
私は、その子に「ごめんね。一緒にいてあげられなくてごめんね。」
と、とっても哀しい気持ちであやまると、
その子は大好きなパパに寄り添って、逆に慰めてくれました。
それを見ると、この子には大好きなパパがいるから、大丈夫:)
私がこんなに気持ちを傾けると、逆に傷つけてしまうかもしれない、と思いました。
パパは子供が大好きで、いつも「愛」を沢山語って、カタチにしようと努力して、傍にいて、抱きしめてくれるような人のようだから。大丈夫だと思うことにしました。
継母の女性もとっても優しそうな人だし。
ある日、その子の家で行われたホームパーティに遊びに行くと、
実のお母さんに会うことができました。
とても優しそうなお母さん。
パパと継母さんと本当のお母さんと親戚や友人。
悪そうな人なんて誰もいなくて、
一緒になって笑ったり、遊んだり。
これが、離婚率の高い国、アメリカのファミリーかぁ。。。。と眺めていました。
いつでも自由に二人の世界にも浸れるパパと継母と、
最愛の我が子との距離感に戸惑いつつ、見守る本当のお母さんと、
大人たちに120%のハグをできない、甘えん坊盛りのお友達と、
"ナイスな"wジャパニーズの友人、私。
パーティの時間軸の
上に、それらが乗っかっていました。
後日うちにお友達が遊びに来てくれたときに、
私が”I was so glad that I met your real mom. She is really beautiful.”
というと、お友達は
"Do you think so? She's awesome!!"
と言いました。
時々、塞ぎ込んだり、夜中に眠れなくなるお友達は、
これからも、痛む心と沢山戦わなきゃいけない。
私は2年で帰国してしまうし、
何もしてあげられないかもしれないけど、
その距離感のままで、わたしはあなたのことがとっても大好きだし、
私がすんなり近くを離れたのは、あなたのことをどうでもよく思っているからではないこと。
本当のお母さんは、その距離感のままであなたの事を必死に想っていること。
近くにいて、愛情を注いでくれる両親がいること。
あなたの心が時々痛んでも、それは弱さでも悪いことでもないから
あまり苦しまないでほしいこと。
本当は、そういう事をお友達に言いたかったのに、
私は大好きな人に気持ちを伝えようとすると、
喉から胸にかけて痛く詰まって、ちゃんとした言葉をかけられないの。
本当にごめんなさいね。
いろんな人間関係があるけど、
器用な人間が、自分の都合のいいカタチでアクトアウトする「愛」は
子供のように、言葉を上手く操れない人の心を、
土足で踏みつけて、時に暴力的にさえなる。
器用な人間は、その心の存在に気がつく事ができないか、
他者が痛みを伴っていることを認めようとせず、
大声で「自分の」正義を語ることで忙しいのだけど。
そこには、誰も悪い人なんていない。
みんなみんな生きることで精いっぱいなだけなんだもんね。
でもね、
真実だって、文化や法律によって、簡単に変えることができる。
正義と不義も日替わり弁当。
好き嫌い・善悪も裏と表みたいなもので。
そういう外側のものを取り去っても、心の痛みは残る。
だから、心が痛んでも、それは弱さでも悪いことでもないからあまり苦しまないでほしい。
そのまま前進しても、その心は消えるわけではなく、
あなたの脳みそに刻み込まれて、あなたの細胞や行動を創るし、
アウトプットするものに生まれ変わり、存在していくんだよ。
だから離れていても、一緒に生きているんだよ。
そういうものを私達の「友情」だって思ってもいいよね。

Have a good one
