もう10年以上も使っていなかった古い机があって、その引き出しを整理しようと思い立った土曜日の午後、懐かしい品物がたくさん出てきました。
中でも、こんなに持っていたのかと、我ながら意外だったのが、万年筆。どれもこれも、みんな、使い物にならない状態になっていたのですが、二、三時間も水に浸しておいたら固まってしまったインクも溶け、未使用のカートリッジを差し込んでみると、見事に心地よい書き心地が戻ってきました。
万年筆を使わなくなって何年になるだろう。
今では、タダでもらったようなボールペンばかりを使っています。たまに買うのも二色とか三色のボールペンです。シャーペンも使わなくなりました。それに、まとまった文章を書こうというときは、ほとんどの場合がパソコンに向かってのキーボード叩きです。手書きというのは、メモを取る時くらいのものです。
昔、毎日のように取材と作稿(原稿作成)に追われていた頃は、急いで書けるように2Bくらいの柔らかい芯の鉛筆で原稿を書いていました。それも、ある時期からはワープロ専用機(使っていたのは「東芝ルポ」)で仕事をするようになり、そしてまた、そういう機器も消滅してしまいました。取材メモの時にはシャーペンを使っていましたが、今はもう、そういう仕事でもなくなったため、シャーペンとも縁が薄くなりました。
ですから、振り返ってみると、万年筆は、実用的な意味では、ほとんど役に立ったことがありません。でも、他の筆記具とは違った味わいがあったのもまた確かです。思い出すとしたら、手紙を書くときはいつも万年筆だったように思います。ボールペンやシャーペンでは失礼な気がしていました。
でも、それも昔の話となってしまい、そういう手書きの手紙というものも書かなくなりました。親しい人との間に限らず、どんな人との間でも、手紙ではなくメールのやり取りに変わってしまったのですから。
万年筆の文字というのは、独特の表情があります。力の入れようで文字が太くなったり細くなったり、または、急いで書いたのが文字のかすれになって表れたり、言葉の背後にある感情のようなものまでもが見えるような味があるのだと思います。それだから、手紙の時には万年筆だったのではないかと思います。
ずいぶん懐かしい思いをした万年筆の中には、私の名前が彫られたものもありました。誕生祝いとか卒業、進学祝いなどのプレゼントでいただいたものだったと思います。誰からもらった万年筆なのか、残念ながら、思い出すことができません。でも、若かったころの私には、万年筆がふさわしいと思って贈ってくれたのでしょう。原稿を書くような仕事が似合っているだろう、と。
初めて万年筆を手にしたのが中学生の時でした。たしか、『中一時代』(旺文社)のプレゼント懸賞に当たったセーラー万年筆でした。その後、初めて自分で買ったのが、「こんな安い万年筆がある」ということで、同級生の間でもちょっとした流行になった中国製の万年筆でした。国産の万年筆の10分の1くらいの格安の万年筆でした。セーラー、プラチナ、パイロットなどの万年筆が2千円とか3千円していたころ、中国製の万年筆は200円くらい。スポイト式で、インクは出過ぎるくらいにポタポタ出てくるような万年筆でしたが、中学生の“ボクたち”にとっては、なんだか大人の世界に近づいたような気分になれるツールの一つでした。
国産の万年筆に対して、パーカーとかモンブランというのは、また、格別の高級品でした。国産では、パイロットとかプラチナが万年筆の高級品の部類に入っていたと思うのですが、イギリスのパーカー、ドイツのモンブランというのは、万年筆の元祖というか本家のようなステイタスがあって、いわばブランド品の頂点に立っていたと思います。そのパーカーが2本、モンブランが1本出てきたのですから、自分でも少々驚いています。
何本もの万年筆を持っていた中で、いま、こうして再会した品々は、たぶん、大事に持っていたものなのだろうと思います。
パイロットの銀製の万年筆は、すっかり錆びてしまって黒々としていたのですが、銀は歯磨き粉をつけて歯ブラシで磨くと錆が落ちる、と聞いていましたので、軸の方だけを磨いてみました。キャップは黒々としたままです。このペンには、私の名前が彫ってありました。あと二、三回磨けば光沢も出てくるように思います。
パーカーの万年筆は、2本残っていました。黒い方の万年筆にわたしの名前が彫ってあります。メタル製の万年筆は、その質感から思うに、ステンレス製です。2本ともキャップのしまり具合が甘くて、すぐにキャップが外れてしまいそうな不安感があります。たぶん、そういうソフトタッチがパーカーのコンセプトなのかもしれません。書き味はとても滑らかで、この万年筆を使っていた頃の自分を思い出すような懐かしさを感じました。
これに対して、キャップが抜けないように、ペンの軸にスプリングまではめ込んでいるのがモンブランでした。よほど力を入れないと、キャップをしっかりはめ込むこともできないし、逆にキャップを外すのにも力がいるガチガチのカタブツという感じです。いかにもドイツ的な雰囲気を持った造りの万年筆です。
この万年筆は、珍しいピストン式のインクカートリッジで、モンブランの特徴となっています。古いモンブランは、この万年筆のように軸の中のカートリッジではなく、ペンの軸のお尻の部分がピストンを上げ下げするように回転する方式になっていました。
ペンの軸のシールには、「M W.-Germany」と記してあります。ドイツがまだ東西に分裂していた頃の西ドイツの製品だというシールでした。だから、このシールは、年代物だという証しになりますね、きっと。
何故なのかは分かりませんが、こうして、懐かしい万年筆に出会ってみると、何か、しっかりした勉強をするとか原稿を書きなさいと言われているような気になります。おそらく、そういうタイミングなのだと誰かに言われているのかもしれません。
ノスタルジックな気分とともに、半歩でも一歩でも前に踏み出すように促されているような気持ちになった。万年筆たちとのそういう再会のひと時でもありました。