一人ずつ相手にするのが面倒なので、軍事費問題について、ひとまとめに考察してみることにしました。
@LumpLump2015
@zgmfx10afreedo4
@_Osahiro
この問題は、とどのつまりは、中国の脅威が増しているのだから、軍事的に対抗しようとするのはやむを得ない「現実」路線だという議論です。そのうえで、世界は軍縮どころかドイツのように武器輸出大国になった例もあるではないか、とも主張するわけです。
結論から言えば、中国脅威論に乗せられるのは安倍内閣のキャンペーンに乗せられ、それを煽るマスコミに乗せられている話に過ぎないのが一点。もう一点は、米国の視点から世界を見るのと自主独立の視点から世界を見るのでは、まるで違う流れが読み取れる、という点です。まずは、この二点から「現実」路線に対抗する議論を試みたい。その上で、では、その「現実」路線の震源地はどこにあるのかを最後の三点目としてまとめてみようと思います。
まず、大前提として第二次大戦後の世界は国連を中心にした平和共存維持体制の構築を目指したはずでした。国連憲章の第1章(第1条と第2条)では「目的および原則」が掲げられています。その中に
「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」(第2条・4項)というのがあります。つまり、日本国憲法とそっくりな内容なのですが、これにより、国家による戦争行為は犯罪として扱う合意形成が目指されることになりました。
ところが、この創立の直後から、米国をはじめとした植民地宗主国(当時)が持ち出した議論が「集団的自衛権」でした。
国連がこういう姿勢に立ったにもかかわらず、戦後、世界各地に軍事基地を張り巡らせた米国は、一方で「集団的自衛権」の名のもとに軍事同盟を次々結び、他方では、実は、国際的な信義を裏切る行為を散々に積み重ねました。
国家による戦争行為、つまり、宣戦布告のうえでの戦争行為は違法なものだという合意形成を目指す中、米国がやったのは「宣戦布告」抜きの戦争の積み重ねでした。それも世界各地でのことですから、第二次大戦後、国連が出来て以降、最も戦争にまみれているのは米国だし、この70年余りの戦後の中でもほぼ一貫して戦争中なのは米国だけでしょう。
こうした歴史の中で、米国は、ベトナム戦争に疲弊してニクソンショック(ドルショック)の事態に陥りました。同じようなことは、アフガニスタンに侵攻して泥沼の戦いとなった旧ソ連でも起こり、経済が破綻する中で、あっさりと、その官僚的独裁政権を放棄することとなりました。武力に依存し、それを使い続けることで経済破綻を招き体制崩壊にまで至ったことは、この両大国の苦い教訓でしょう。
さて、こうした中で、軍事力に関する米国の世界戦略は、大きな後退を続けてきました。冷戦の敵だったソ連グループは自滅したのですから、他の諸国にとっても米国と軍事同盟を結び続ける必要はなくなってきたのです。特に劇的な変化が起きたのが中南米でした。今では、何らかの軍事同盟に参加している国は、中南米では皆無になっています。また、アジアでも、軍事同盟からの離脱は進み、ASEAN各国はじめ、非同盟化が進んでいます。
軍事同盟に参加している国々は、世界の人口比率で言えば、かつては世界の2/3という67%を占めていたけれど、今では16%、つまり1/6程度にまで減少しています。
さらに、国連では、非軍事化の要求を反映した動きが高まっています。クラスター爆弾や地雷の問題での禁止条約を目指す話もそうですが、いま最も喫緊の課題として話し合われているのは核兵器廃絶に関する議論です。毎年のようにこの問題を提起してきたことで有名なのが欧州のオーストリア代表ですが、アジアのマレーシア、米州のメキシコも最有力な論客としてこの問題を訴え続けています。
その結果、核兵器廃絶のための実務的な話し合い、つまり、廃絶の理想を語り合う段階ではなく、実務的な実行の話し合いをスタートさせる国連決議に賛成する国が130ヵ国を越え、これに反対したり棄権する国が60ヵ国以下になる事態となりました。
特徴的な問題として世界が非難の目を向けているのが、核廃絶に積極的な賛成だった中国が米国などの核保有グループの一員として行動し始めたことです。もう一つが、被爆国日本がいつまでたっても米国の尻の下であることに対する嘲笑を込めた批判です。
こうした後ろ向きの軽蔑すべき態度の国々がある中、オーストリアやメキシコなどは、中国を含めた核保有国グループに激しい論戦を挑んでいます。そんな中で、「抑止力論」や「段階的削減論」を一つ一つ論破し、核大国グループとそれに追随する国々は、あとは開き直りしかない状態に追い込まれています。
こんな中で、国連の日本政府代表の態度といえば、恥ずかしい限りだと言わざるを得ません。
因みに、日本政府の国連での態度は、恥ずかしい事例に溢れ返っています。労働時間制限等の古い古いILO条約すら批准していなければ、女性の権利向上のための条約とか差別撤廃条約など、一応賛成しておきながら国内法の整備を進める義務は果たしていないなど、不誠実な態度の山を築いている状態です。核兵器のように軍縮問題などで米国追随の態度を揶揄されるだけではないのです。国民の生活と権利を守り向上させるための国連決議の批准・国内法整備はことごとくサボタージュしているのが日本政府です。
さて、これが今の世界の政治情勢です。
日本では、米国フィルターがかかっているから、中東の戦乱と拡散するテロリズムばかりが強調され、また、日本政府独自の観点としての東アジアでの緊張激化ばかりが強調されています。
ところが、こうした立場は、昔、植民地支配をしていた国々、いろんな国が独立を果たした戦後も「新植民地主義」(政治的に独立の形態を与えながら、経済的には独占的利益を貪り、その富を吸い上げる多国籍企業の侵略)の国々にとっての利害の問題であることが大半です。
後に独立インドの初代の首相となったネルーが、独立闘争を闘っていた頃、日露戦争に勝った日本について「最初、我々は、欧米に打ち勝ったアジアの解放者として歓迎したが、ほどなくして、その正体に失望した。何のことはない、帝国主義の侵略者が新たに一員増えただけの話だった」と語ったのは有名な話だと思いますが、日本という国は、その頃から、つまり、20世紀のはじめの頃から、帝国主義的侵略者というのが世界の評価であり、戦後もその残滓を引きずっていることを知るべきだと思います。
さて、以上を踏まえて、申し上げたい結論は、「現実」路線というような発想・感覚がいかにアメリカ的イデオロギーであるか、ということ。米国やこれに追随する勢力は、今では世界の少数派に追い込まれ、明晰・判明な課題に後ろ向きであることを許されなくなっていることを知るべきだと思います。
もう一点は、核兵器についてと同様に、通常軍備についても、同じ道を辿るのが世界の趨勢だということです。武器輸出、武器の共同開発など、武器を巡る国際的な動きは非難されこそすれ奨励されることはないのです。それを敢えて踏み越えて「現実」路線だと称する諸君の主張は、たとえば、日本とイスラエルの技術開発の協力で何をすることになるかといえば丸腰のパレスチナ人の殺害だ、という話なのです。
人の血を飲みながら乾杯する日本経済になることを、果たして、我々は容認できるのだろうか。
ということで、最後に、日中関係の「中国の脅威」に触れておきたい。
中国の大国主義・覇権主義については、日本ではおそらく共産党だけが正面切って批判し、論争もしてきたと思います。自民党はじめ、どの政党も、中国共産党とのまともなバトルはやっていないでしょう。
日中の共産党間にはそういう歴史があります。1950年代以来の中国からの激しい干渉に対して闘った歴史があり、最終的には40年くらいたった1990年代になって過去の歴史について中国側が謝罪することになりました。それでも、今でも意見が一致することはまれで、基本的には日本の共産党から見て中国共産党は共産党らしくない、という立場です。
そういう共産党間の関係である上で、尖閣諸島についての日本共産党の立場は一貫して日本の領土という立場だし、歴史的資料を集めたうえで堂々と論争できるという立場です。日本政府は「日中間に領土問題はない」としらばっくれることで中国との論争を逃げ回っています。
さて、こうした背景のもと、中国はどうして尖閣諸島に関連した挑発を繰り返すのでしょうか。一つには、原因を作ったのは石原慎太郎だ、という問題があります。「東京都で買う」の、あの騒ぎでした。そして、もう一つの側面がありますが、これは、日本のマスコミも全然触れないし、日本の大半の人にとって眼中にもない話だと思います。
私が何人かを相手に、中国の態度は「一つの中国」のデモ、といっても、相手はほとんど何も理解できない様子だったことが印象的です。
尖閣については、日本から見れば日中問題です。ところが、中国から見れば、何も日中問題だけではないのです。そのことが理解できない人が圧倒的に多い。つまり、安倍内閣と翼賛マスコミに洗脳されちゃっている人が圧倒的に多い。
これは、中国の立場に立ってみれば、一瞬にして分かる話でしょう。「一つの中国」というデモンストレーションで中国政府が意識しているのは日本ではないのは、すぐわかるでしょう。だれに向けたデモなのか、と。
この意味が分からないようなら、よほどの島国根性だろうと思います。内向きの狭い世界観でしか物事を見ることができない偏狭な人、という意味になります。
それを敢えて承知の上で中国の脅威を喧伝するのであれば、向かう結論は軍備の充実でしょう。敢えて充実というのは増強でもない軍拡でもないと言いたがる人がいるからですが、充実と表現したとしても、実質は、火力の増強・殺傷能力の増強に他なりません。
ということで、世界情勢と尖閣情勢とを重ね合わせてみると、アベ政権の好戦的な態度が際立つと思います。世界では軍縮の努力が進み、これを阻む者たちが旧・帝国主義的植民地支配者とその同盟者であること、その彼らが一様に武力依存という暴力的社会を維持したがる時代錯誤な勢力であること、そのために、無数の犠牲が強いられつつあること、こういう問題なのです。
アベ政権の積極的平和主義が武力依存の様々な道を開こうとすればするほど、殺人産業への依存を強めることになり、日本国民は「現実」路線として、パレスチナなどの子ども・女性・年寄をはじめとした膨大な生き血を吸うことになるのだ、ということが分かると思います。
では、どうすべきなのか。
明白です。「アベ政権、打倒」。これがまず、出発点です。日本の憲法を堅持すること、国連憲章に沿った国際的態度をとること、そのためには米軍追随をやめること。
対米従属から抜け出すこと、これは、世界の他の国々では実行出来た話の一部です。日本でもできないはずがない課題です。
安倍晋三の著作の中にある「血の同盟」という事態を現実のものにさせない闘いがまず、求められています。そんな安倍を政界から追放するくらいの勢いのアベ政権打倒の闘争を目標にすべき時だと思います。
最後に、三菱重工の長崎造船所は、民間船舶の建造・補修からは一切撤退して、自衛隊艦船だけを相手にすることにしました。同社にとっては、とてつもなく利益率が上がることになるからです。
たとえば、米国のボーイング社は、旅客機の製造販売では大した利益は上がりませんが、米軍相手の商売では暴利をむさぼっているという話が伝わっています。同社の有名な軍用機といえば、第二次大戦の頃のB29、ベトナム戦争の頃以来のB52などがあります。同社が米軍相手に売りつけている航空機部品で、最も利益率の高いのがネジ1本で、一般販売なら100円もしないようなネジが米軍相手なら10万円というデタラメがまかり通っていると、米国内で大騒ぎになり始めています。日本でも、政府と防衛産業各社は、そうした体質に浸かっていくと見通すのも自然でしょう。
平和な社会は理想だが戦力やむなし、という「現実」路線の諸君が、いかに、何も考えていないのか、よく分かるだろうという意味合いを込めて、長めの文章をつづってみた次第です。
以上で、今回は終了です。