お笑いをひとつ ⇒オレは、スターリンも読んでるぞ、だから、レーニンのことだって誰よりも知ってるぞ、と、威張った奴が嫌がらせに来たのだけれど、たった一つのことを知らずに、黙り込んだ。
彼は、マルエンは国民文庫で一生懸命読んだらしい。で、人に罵詈雑言を浴びせるついでに『ド・イデ』(ドイツ・イデオロギー)を持ち出して「溺れる犬」の一句を投げつけた。「お前、古典なんか読んでないだろう」と勝ち誇ったように。
その後も延々としつこいので、「売れないミルク屋」と、投げ返してあげたのだが、そこから予期しないことが起こった。今でも思い出し笑いをするほどの喜劇だったのだ。
彼、「ミルク屋」とは、誰のことかは知らなかったのだ。おまけに、シュティルナーのことだと教えてあげても、彼の独り言は、シュティルナーすらも知らないことを曝け出していた。
『ドイツ・イデオロギー』に触れるなら、延々と、いやになるほどマックス・シュティルナーを罵り倒した部分が圧倒的なページ数を占めていることくらい知らなければ恥ずかしいだろう。
そのシュティルナーの著作は『唯一者とその所有』というが、ほとんどだれも知られてはいない。数年前に新訳が出たが、それ以前の有名な翻訳と言えば、関東大震災で暗殺された無政府主義者・大杉栄にまで遡らなければならないだろう。彼は、著者の名を「ステルネル」と表記している。
(今では書店で見ることもない)国民文庫には『ド・イデ』は抄訳しか載っていないはずだ。同じ大月でもマルエンの『全集』では、マックス・シュティルナー批判(というか、罵り倒すほどの非難に読めたほど)が載っている。あの「スタ様」爺は、それを知らないのかもしれない。
プルードン批判もバウアー兄弟批判も、それなりに辛辣だったが、シュティルナーだけは、批判というよりもバカにしきっている様が読み取れる。「究極のエゴイスト」という彼に対して、現実には商売一つできないヤツ、と容赦ない。
頭の中では、どこまでも偉そうに「究極のエゴイスト」を演じようと構わないが、君の現実は、ミルク屋に失敗したことだった、と。
なぜ、あそこまで、攻撃的だったのか。一言で言えば、ヘーゲルのマネをしたつもりだろうが、とんでもない言いざまだ、という怒りだったのではないかと、推測している。(今で言えば歴史を書き換える百田尚樹に対するくらいのテンション。)
あの「オレはスターリン全集から何から、よく読んできたぞ」の傲慢爺さんの「究極のエゴイスト」ぶりと重なるではないか。今でも、腹を抱えて笑いたいほどの喜劇ではあった。