無名の一般人の発言であれば、わざわざ宗教界が反発するわけもなく、この発言は、世界的に著名な理論物理学者、ホーキング博士のものです。あの、筋委縮症で車椅子生活の姿で知られる大学者です。
わたし自身は、ホーキング博士の考え方を支持するものです。
19世紀のドイツ哲学はヘーゲルの弁証法哲学で一つの頂点を迎えました。しかし、その一方で西洋哲学にとって何世紀にもわたる難問だった「神の存在証明」(神の存在をどうやって証明するか)については、彼の弁証法による論理的な組み立てでも成功できなかった中、フォイエルバッハが『キリスト教の本質』を著して、神とは人間が人間に似せて創りだした産物であって存在などしないと唯物論(ゆいぶつろん)哲学の立場を表明し、これが、青年ヘーゲル学派の若い哲学者たちに熱狂的に支持され、そんな中からカール・マルクスが、唯物論的世界観と弁証法的思考方法とに基づいた弁証法的唯物論という哲学へと結実させたのでした。(また、「神は死んだ」などの発言で知られるニーチェに代表されるような観念論哲学として実存主義もこの時代から生まれ始めました。)
マルクスは『資本論』があまりに有名なため、経済学者と評されることもありますが、経済学の学位を取ったことはなく、彼が学位を持っていたのは、哲学博士です。ドイツから追放されたのちに過ごしたロンドンで、彼は、哲学だけでは労働者階級の解放のための理論的基礎としては十分な説得力を持たないと大英図書館に通いつめて研究に没頭したのが経済学で、その成果が「経済学批判」という著作となり、さらに集大成としての『資本論』となったのでした。彼自身は第1巻を刊行したのみで、没後、第2巻と第3巻、さらに第4巻とも称される『剰余価値学説史』は、盟友だったフリードリヒ・エンゲルスがマルクスの遺稿を編集してマルクスの名で刊行したのでした。
19世紀後半以来の共産主義運動の理論的基礎を築いたマルクスとエンゲルスに言及したのは、ほかでもない、この唯物論哲学について触れたかったからです。というのも、反共主義者(共産主義に敵意を持つ諸々の思想)が意図的に宣伝するのが「共産主義者が掲げる唯物論哲学とはヒトを物扱いする悪魔の哲学」という悪意のデマであり、日本のような反共勢力の悪影響の根強い国々では、素朴にそう思い込んでいる人も少なくないからです。
しかし実は、ギリシャ古典哲学が唯物論哲学の百花繚乱時代だったことをはじめ、唯物論とは観念論との対比で語られる世界観の代表的見解にほかなりません。つまり、この世界は人間の観念に依存して成り立っているのか(観念論)、それとは独立して客観的に存在しているのか(唯物論)という両極の一方の側の立場なのです。
観念論を代表するのがソクラテスからプラトン、アリストテレスに至るイデー(想念)からメタフィズィク(形而上学=形を超えたものの学問)へという流れでした。その一方で、デモクリトス、エピクロスといった人々の唯物論も華やかだったのです。特にエピクロスの掲げた原子論についての研究は近世に至るまで大きな哲学的テーマでした。
単子論(モナド論)で知られるライプニッツなどは、自身の科学的世界観の研究の結果、こういうエピクロスの原子論のような考え方は神への敬虔さを揺るがしかねないと、おどおどしていました。また、観念論の巨頭の一人のカントもまた、人間には「先験的統覚」という時間・空間の感覚が生まれながらに(=先験的に)身についているのだ、と観念論の立場を説明しようとしたものの、自然界などの客観的な事象との人間のかかわりについては「不可知論」(観念の働きによって成り立っていると説明されるはずの世界と現実世界とが一致するとは言い切れず、とどのつまり、客観的な世界については人間は知りようがない)という曖昧な見解に逃げ込むこととなりました。
観念論の流れは、目の前の現実はあらかじめイデーによって用意されていたもので、それを経験を通じて認識しているにすぎないのだ、と、人間の精神の中に世界の根源を求め、神秘的な現象などを通じて神への依存とか神との葛藤など、神とのかかわりを深めていくようになります。これに対して唯物論の流れは、この現実世界を構成する元素を突き詰めようとしていく原子論の流れへと突き進むことになりました。
かなり荒っぽい言い方ですが、観念論は宗教と結びついていくこととなり、唯物論は科学と結びついていくこととなった、というふうに考えることができます。
こういう歴史の流れを踏まえて考えてみると、例えばニュートンが万有引力の法則を解明し、エネルギー保存の法則など物理学の基礎を築いたものの、「では最初の運動はどこから生じたのか」という問いに対して「神の一撃」と言わざるを得なかったように、解明できずにいた問題に対しては「神」を持ち出すしかなかったのですが、その限界を時代の進展とともに乗り越えようとしてきたのが唯物論的な世界観でした。これは、今でも、宇宙の創成とされる「ビッグバン」についても、これこそが神の一撃だという人もいれば、そこで科学的探究を諦めない人もいることと似ています。
「神」を持ちだすことで、そこから先の科学的探究を諦めるのが観念論であって、今の時代には説明がつかないかもしれないけれども、どこまでも探求を続けようというのが唯物論である、という態度の違いになって表れています。
冒頭に挙げたホーキング博士の発言とは、つまり、こういう唯物論的立場のことなのです。
日本の共産党が1970年代頃から「マルクス・レーニン主義」という呼称をやめて「科学的社会主義」という言い方にしたのもまた、こうした歴史的背景を踏まえてのことでした。
70年代に学生だった頃、分析哲学で日本の大家の一人だった中村秀吉先生が講義の中で「ま、レーニンという人は政治家でしたから哲学文献に関しては荒っぽい断定も少なくありませんが、それでも、世界観については彼の『唯物論と経験批判論』は、認めざるを得ないでしょうな」と、語っていたことが今でも印象に残っています。
(分析哲学というのは、論理学を発展させたもので、世界観について論理式を用いて説明しようとした学問。数学の授業で目にしたようなandとかor、または、notなどの式を使ってTrueとFalseを振り分けながら、集合の論理を組み立てて行く方法で、今のコンピュータ・プログラミングを思い浮かべるような思考方法です。)
マルクスをはじめとした弁証法的唯物論、あるいは弁証法的史的唯物論については、フリードリヒ・エンゲルスの『オイゲン・デューリング氏の科学の変革』(=通称『反デューリング論』)とウラジーミル・イリイッチ・レーニンの『唯物論と経験批判論』が代表的な著作だと思います。また、エンゲルスの『家族・私有財産および国家の起源』は、とくに、歴史観(=歴史の見方)について、史的唯物論の代表作と言えるでしょう。
というわけで、さて、自分が死んだら墓に入りたいかと言えば、まったく思っていません。できれば最近流行り始めている自然葬にしてもらいたいと思っています。チベットのように山で鳥に喰わせる鳥葬でも構わないし、川や海に流す散骨でもいいし、自分のかけらなど雲散霧消させて、自然に返してもらっていいと思っています。親族が墓に入れたければ、それで気が済むなら入れられちゃっても構わない。献体で解剖の教材にされても構わない。死んだ後のことなど、わたしには分からないことですから。
永遠の眠りとはよく言ったもので、たぶん、自分の死というのは、二度と目を覚まさない眠りのようなものだろうと思っています。来世があるとは、わたしも、思ってはいません。あのホーキング博士のように。
なので、この世の生は、思う存分生きたいというふうに思うわけです。好きなように生き、好きなようにものを言いたいわけです。だから、まあ、不当な権力に対して闘いたいとも思うわけです。
大正デモクラシーの後、日本が軍国主義に走り始める兆しが見え始めた頃、芥川龍之介は、何となく嫌な空気を感じ始めた、という理由で自殺してしまいました。世の中が言いたいことも言えないような重苦しい雰囲気を感じ始めた頃、自殺が流行し、心霊現象が流行しました。今の日本もまた、そういう空気と似通った現象に流れ始めている気がしています。太平洋戦争での日本の態度を正当化する者が増えたり、ハシズム(=大阪維新の会のファシズム)が台頭したり、パワースポット・ブームだったり、いやーな空気です。
だから、それゆえに、唯物論を語りたいと思った次第です。ホーキング博士の見解に耳を傾けてほしいと思った次第です。
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