新設会社に移動するまでおよそ3ヶ月ほど、、。


フロリダに戻ってから大忙しでした。



弟の長男の留学を頼まれていたので

プライベートハイスクールに3ヶ月間の契約でお願いする事に、、。


なんと授業料は1ヶ月1200ドルでしたよ!

私服は禁止で制服を買わされ迎えのバスもちょっとリッチでしたかね、、。



なにも見栄を張らなくても、、と思いましたが

私の子供ではないわけで、、。



甥っ子の預かり賃は

日本にいる私の長女への仕送りと交換っていうことにしましたが、、。

後から

考えたら

どうも割が合わなかったです、、。


         いろいろ
  
         この弟夫婦の頼みに

         あとあと嫌な思いをすることになりました、、。




1989年10月も過ぎた頃

弟は母を迎えに来ながら

自分の息子の様子を確認しに来ました。

弟は

出世をしたお陰で

家族が二重生活になって

義妹は自分の二人しか居ない息子達に手を焼いておりましたとか、、。



甥っ子は

日本の中学で

クラスメートとうまく行かなくていじめに会ってるということでした、、。

他人事ではなかったので

面倒をみることになりましたが、、。


           はぁ。



1週間後。

弟は

母と一緒に日本へ帰国の運びに、、。


           私達が渡米して一回目の母のアメリカは

           あの時は

           母はまだまだ元気でしたから

           いろんな思い出を沢山作りました。

           写真を眺めながら、、。

           母もいい顔をしています。

           懐かしいです、、。



なんと

甥っ子は

私が母恋しくて

涙しているのに、、。


空港に母と弟を送って飛び立ったことを確認すると、、。

甥っ子は


ああ、、。

やかましい親父やっといなくなったよ!

やれやれ!

やっとのんびりできるよ!



信じられない言葉を聞きました。



さあ、、

わがまま甥っ子の面倒に

手を焼く私でした、、。