禅の言葉に
【莫妄想 まくもうぞう】
と言うのがあります。

善か悪か。
豊かか貧しいか。
幸せか不幸か。
つい私たちはAかBかという発想をしてしまいがちです。
この考えこそが好き嫌いや善し悪しを生み出すことになるのです。
人は人。
自分は自分。
余計な比較をやめることです。
第一、幸せを比べることなどできません。
自分にしか見えない幸せに目を向けることです。



とある方のblogで紹介されてるのを観て
すぐに本を取り寄せてみましたー♡


もっと書いてるのかと思ったら
小さい記事でした〜(>人<;)


二極化で考えない、
比較しない、
すでに幸せなんだと言うことに目を向けること。


起こった出来事を
事実と感情に分けていくnotebookの作業。
藤本さきこさんの設定変更notebookセミナーに参加しています。
明らかになる自分自身の思い込みとか感情とか。
自分を暴く(笑)
私たちは
ほんとにいつもいつも事実に幻をくっ付けてる。
一般的に思い込みと言われるヤツ。(思い込みと幻はちょっと違うとさきこさんは言ってたけど)
そして必要以上にややこしく拗らせていく…。


【莫妄想】
もっと調べると「禅語に学ぶ生き方」について書かれたサイトが。

〜引用〜
妄想(まくもうぞう)
妄想すること莫(な)かれ!
(中略)
「妄想」とは、一般的には実体のない虚妄の想念のことで、色気、食い気、欲気などの邪念、空想、迷心を意味しますが、禅ではもう少し考えます。
 私たちは常に、生死、善悪、是非、勝敗など、二つの相対する概念を作り出し、その一方に執して苦しみ迷うのですが、この二つに分けて見る相対的な分別心そのものが、すでに妄想というのです。
故に、莫妄想とは、生死、善悪、是非になり切ってやって行け!というわけです。
"莫かれ"と言う消極的な言葉に反して、より積極的に、生死、是非、善悪、勝敗などにこだわることなく、全身全霊を挙して、一心不乱にやり貫けというのです。
「よく学び、よく遊ぶ」と言いますが、勉強のときは勉強一途に、遊ぶ時はただ遊ぶだけ、そのものになりきっていくことです。〜引用終わり〜




また別のサイトでは
このようにに解釈が。





不幸な境遇だと思ってたコトは自分で作ってて
外で起きてる事は自分には関係なくて
どんな境遇であってもすでに幸せなんだと気づくこと。
内なる幸せに気づく事。
比べるという事をしない事こそが
幸せなんですよね〜。


不幸感や嫌な事は
誰のせいでも無いんですよね〜。
自分が比べてそう思ってたって事なのね。




何となく伝わりましたでしょうか?
では今日も良い一日を!