普賢寺様でおこなれた仏名会に参加した。

現世千仏の御名をお唱えしながらの五体投地。

参加者約30名が本堂で声を合わせて仏様の名前を唱えるので、一人で行う行とは違い、その迫力に感動した。仏様を思うみんなの声の中に浮かんでいるようで心地良かった。


参加者の中に、親子さんがおられた。

お母様と一緒に参加された娘さんは、中学生さんくらい?眼差しが涼やかな、賢そうなお嬢さん。仏名会は2回目とのこと。お若いのにすごいねーと行の合間の休憩時間にお嬢さんとの会話もそこそこに、どんどん行は進んでいく。


10時から始まった行は、お昼休憩をはさんで16時にぶじ満行。お茶をいただきながら、一人づつ感想を話していくなかで、お嬢さんの番になった。


対角線で一番遠くに座っていた私はお嬢さんの声は届かず、恥ずかしくて小さな声になっているのかな?本堂で少し言葉を交わした時のはっきりとした言葉使いとのギャップに、あれ?と思っていたら、お嬢さんは涙ぐんで言葉を出すのが精一杯の様子だった。


その光景を思い出すと、私まで込み上げて涙ぐんでしまう。言葉は聞こえなかったけど、お嬢さんの思いは伝わった。


LINE交換をしたお母様と、ヨガ教室の情報をやりとりしている中で、さりげなくお嬢さんの涙のことを聞いてみた。返信にはきっと、母としての心配と、何があったかが綴られてくるのかもしれないと思いつつ。


だが、お母様の返信は違った。

娘さんが何かを乗り越えたこと、それは皆さんのおかげだと、多くを語らない明るい言葉だった。


感想を述べながら涙ぐむお嬢さんの横に座るお母様、動じる様子もなく、ただ静かに横に座っておられるだけだった。お嬢さんは、お母様の前で泣いてしまうのは恥ずかしい年頃かもしれないのに、感情のままに込み上げる感情をそのままみんなの前で表現された。


何かを越えようとするお嬢さんを、お母様はどんな気持ちで見守ってこられたのだろうと想像すると心が締め付けられる。


今朝の准胝独部法では、お嬢さんのことを思いながらご真言をお唱えした。お嬢さんに幸せになって欲しいと、こんな私でも人のために祈れたことが嬉しい。


仏名会では感動をたくさん経験した。

このような機会を作ってくださった普賢寺のご住職様にも感謝をお伝えしたい。



3歳の頃の私。稚児の役目の何かが気に入らずに泣く私をだっこする母。