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※女性には気づきになってほしい反面、
自分への覚書なところが大半です、ご容赦ください。事無。
本日、本当に急でご迷惑をおかけすることは承知ではあったのですが、
夕方お時間を頂いて、病院に行かせて頂きました。
女性のガン検診の結果を伺いに、いってまいりました。
まず結果から、
すべて陰性でした。
わあわあ騒いでしまい、本当に申し訳なかった、と顔も上げれず猛省する次第です。
ただその場では本当に安心しすぎて、病院を出てから涙が止まらなかったことが事実です。
決してきれいな話ではないので、
お食事の方は控えてください。
でも女性は本当に「あれ」と思ったらなにもかもかなぐり捨てて行ったほうがいい!!
というより、「あれ」と思ったら、遅いかもしれない。
症状は不正出血が少々続き。
(多分女性のほとんどは一度は)ないことはないと思うのですが、
私は低用量ピルを続けているので、まずありえない。「おかしい…-_-;」
そのうち「うーん、この量はますますおかしい-_-;」
となり、受診。
診察後、ガン検査。
止血として、中用量ピル処方。
検査結果は一~二週間後とのこと。
が、週末。
出血とまらないじゃない;_;
そして左下腹部と左背中がずっと痛いじゃない;_;
で、週明け今日。昼過ぎ。
まだわからないだろうけど気になって仕方ないので電話したところ、
病院「結果が出てますので、聞きにきてください」
私 「あ、電話じゃやっぱり聞けませんか…?」
病院「結果は医師と対面でしか話せませんので」
私 「……(それも怖い!)あのー、結果…悪いんでしょうか?」
病院「結果は医師と対面でしか話せませんので」
私 「あの…近親者が近くにいないので、一人なんですが、聞きにいっていいんでしょうか?」
病院「…?」(※この辺から私が臆病に混乱していて話がかみ合っていない)
私 「えーっと、今日行ったほうがいいでしょうか…?」
病院「症状はいかがですか?」
私 「受診したときのような状態が続いています」
病院「今日来ていただいたほうが宜しいです」
私 「あ、は、はい。行きます!」
そんなやり取りの後ご相談させていただき、
そっと病院に向かわせていただきました。
病院への道すがら、
本当に(使いどころ違いますが)"走馬灯"に近いくらい、
色んなことがぐるぐるぐるぐる頭の中を回りました。
保険に入っておけばよかったなとか、
入院したら誰かお見舞いに来てくれるのかなとか、
髪伸ばしたのにもしかして全部落ちちゃうかなとか、
そもそも何で髪伸ばしてパーマかけたんだっけとか、
あのメール送ってなかったとか、
たくさん好きだとかそれはやめたほうがとか言えばよかったとか、
もしかして子宮そのものだったらもう子供産めないのかなとか、
ああ自分は本当は子供が産みたかったのかなぁとか、
本当雑なことから細かいことまで色々。
病院への坂道上がりながら、もう泣きっぱなし。
診察室に入るときも、恥ずかしながら、涙面…。
そして自分の顔見るなり先生一言、
「どこもガンじゃありませんよ、大丈夫大丈夫(^-^)」
涙がその瞬間はぴたっと止まりました。
そしてまだ症状が続いていることを伝え、診察を受けて処方を受けて(変わらない)、
病院を出ました。
そこからはこのブログの振り出しに戻ります。
病院の外で子どもを見る度、
(ずっと涙ぐんでるのに)尚のこと「ぐわっ」と涙がこぼれました。
そして帰宅してから、
恥ずかしながら、本当に大声で泣きました。
部屋にある、何もかもが有難かった。
布団ひとつ触れても「触れられる、自分がここにいる、有難い」
封筒ひとつ手にとっても「手に取れる、自分がここにいる、有難い」
写真ひとつ目にしても「見られる、自分がここにいる、有難い」
言葉にすると変ですが、行動をみたらもっと変だったと思います。
部屋中のもの引っ張り出してきて触れて抱きしめて泣いていました。
そして「今度KYOSUKE麻雀杯を@KYOSUKE宅でやるぞ」なんて近所の友人の連絡に、
「友だちがいる、自分がここにいる、有難い」
なにより「明日仕事がある、自分がここにいる、有難い」。
友だちも仕事も何もかもがあって、初めて自分が存在しているんだなぁと、
好きなこと、嫌なこと、好きな人、嫌いな人、楽しい思い出、辛い思い出、
全部あって、初めて"今ここ自分"はこうして生きているんだなぁと、
何か一つ欠けても"今ここ自分"ではない自分になっていたのだなぁと、
この瞬間も、生を一分一秒与えられ続けているんだなあと思うと、
"今ここ自分"を瞬間瞬間一生懸命になる以外には、何も必要なことが思い浮かばない。
そうすると、これから起こる多少の"苦""辛""嫌"すら愛せてしまいそうな気になってくる。
えり好みするんじゃなくて、全部抱きかかえるんだと腹をくくれば、
思った以上に腕っ節も足腰も強くなるし、前も見えるのかもしれない。
「嘘をつかずに正直しているのに、どうして信じてもらえないんだ」
「笑顔で話しかけているのに、どうして目も見てくれないの」
日々いろんな黒々とした「どうして」に飲み込まれそうにもなりますが、
その「どうして」も、息をして生きている"今ここ自分"を作ってくれていると考えれば、
なんだ、どうってことないじゃないか!と。
ただ、人を傷つけたり、馬鹿にしたり、無視をしたり、
自分が誰かに何かをしてしまったりしたら、それは「どうってことない」ことじゃないので、
そういうことはしないように気をつけようと。
ちなみに、今回の不正出血の原因は、
多分ストレスを過敏に感じたんでしょう、内臓は大丈夫ですよ、とのことです。
まあ不正出血も(ガンで無いとわかれば)、
「どうってことなじゃないか!」と、
しばらく一緒に歩いていくくらいの気持ちで行きます(笑)
きっと、一緒じゃなかったら見えなかった景色を見せてくれるでしょう(^-^)
30年40年続いたら、ちょっと頭を下げて別の道に行って頂かないと、かもしれませんが(笑)
最後に、白隠禅師の逸話からひとつ好きなものを抜いてきて終わります。
「自分に起こることはすべて受け入れる」そんな話です。
あっちこっちやれ揚げ足だ責任だとかじゃなくて、こんな受容性をもてたら、と、
改めて読んで思いました。
でも多分、そんな人ばっかりじゃあ世の中困ります。
責任の押し付け合いだってなけりゃあ世の中が成り立たない(笑)
村上春樹の言葉を借りると「カレーライスの福神漬けくらいがちょうどいい」
私もそう思います(^-^) 福神漬けがいっぱいっていうのは、なし(笑)
-------------------------------------------------------
白隠が住んでいた村の、ある娘が妊娠した。
娘は聞かれても相手の名を明かさない。
しかし娘の父親が執拗に聞き出そうとし、娘はそれから逃れようとして、それは白隠だと告げた。
娘の父親はそれ以上何も言わず、子供が生まれるのを待った。
生まれるとすぐに白隠の元へ連れて行って、「これはおまえの子供だ。」と言い、
彼の禅師の前に放り出した。そしてそれに続けて考えつく限りの悪口雑言を浴びせかけ、
あらゆる侮蔑とあざけりをまくし立てた。
黙って聞いていた白隠は、聞き終わるとただひと言、
「おお、そうなのか?」とだけ言ってその子を腕に抱いた。
それからというもの、白隠はその子を自分のボロボロの僧衣の袂にくるんで、
どこへでも連れて歩いた。
雨の日も嵐の夜も、雪の降る日も白隠は近所の家々を廻って、
その子のためのミルクを乞うて歩いた。
白隠には多くの弟子がいたが、その多くが「禅師は堕落してしまった」と思い、彼の元を去った。
しかし白隠はひと言も言わなかった。
一方、母親である娘は、自分の子供から離れている苦しみと悔恨の情から、
とうとう子供の本当の父親の名を明かした。
娘の父親は白隠の元へ駆けつけてひれ伏し、頭を地に擦りつけるようにして、
繰り返し許しを乞うた。
白隠は、「おお、そうなのか?」とだけ言って、娘の父親に子供を返した。
-------------------------------------------------------
いつか私も子どもを連れて歩けるんだろうか。
帰り道幾度となく、そう思った。
ただ今は、このぼんやりとした不安を連れて、毎日を走ろう。
自分への覚書なところが大半です、ご容赦ください。事無。
本日、本当に急でご迷惑をおかけすることは承知ではあったのですが、
夕方お時間を頂いて、病院に行かせて頂きました。
女性のガン検診の結果を伺いに、いってまいりました。
まず結果から、
すべて陰性でした。
わあわあ騒いでしまい、本当に申し訳なかった、と顔も上げれず猛省する次第です。
ただその場では本当に安心しすぎて、病院を出てから涙が止まらなかったことが事実です。
決してきれいな話ではないので、
お食事の方は控えてください。
でも女性は本当に「あれ」と思ったらなにもかもかなぐり捨てて行ったほうがいい!!
というより、「あれ」と思ったら、遅いかもしれない。
症状は不正出血が少々続き。
(多分女性のほとんどは一度は)ないことはないと思うのですが、
私は低用量ピルを続けているので、まずありえない。「おかしい…-_-;」
そのうち「うーん、この量はますますおかしい-_-;」
となり、受診。
診察後、ガン検査。
止血として、中用量ピル処方。
検査結果は一~二週間後とのこと。
が、週末。
出血とまらないじゃない;_;
そして左下腹部と左背中がずっと痛いじゃない;_;
で、週明け今日。昼過ぎ。
まだわからないだろうけど気になって仕方ないので電話したところ、
病院「結果が出てますので、聞きにきてください」
私 「あ、電話じゃやっぱり聞けませんか…?」
病院「結果は医師と対面でしか話せませんので」
私 「……(それも怖い!)あのー、結果…悪いんでしょうか?」
病院「結果は医師と対面でしか話せませんので」
私 「あの…近親者が近くにいないので、一人なんですが、聞きにいっていいんでしょうか?」
病院「…?」(※この辺から私が臆病に混乱していて話がかみ合っていない)
私 「えーっと、今日行ったほうがいいでしょうか…?」
病院「症状はいかがですか?」
私 「受診したときのような状態が続いています」
病院「今日来ていただいたほうが宜しいです」
私 「あ、は、はい。行きます!」
そんなやり取りの後ご相談させていただき、
そっと病院に向かわせていただきました。
病院への道すがら、
本当に(使いどころ違いますが)"走馬灯"に近いくらい、
色んなことがぐるぐるぐるぐる頭の中を回りました。
保険に入っておけばよかったなとか、
入院したら誰かお見舞いに来てくれるのかなとか、
髪伸ばしたのにもしかして全部落ちちゃうかなとか、
そもそも何で髪伸ばしてパーマかけたんだっけとか、
あのメール送ってなかったとか、
たくさん好きだとかそれはやめたほうがとか言えばよかったとか、
もしかして子宮そのものだったらもう子供産めないのかなとか、
ああ自分は本当は子供が産みたかったのかなぁとか、
本当雑なことから細かいことまで色々。
病院への坂道上がりながら、もう泣きっぱなし。
診察室に入るときも、恥ずかしながら、涙面…。
そして自分の顔見るなり先生一言、
「どこもガンじゃありませんよ、大丈夫大丈夫(^-^)」
涙がその瞬間はぴたっと止まりました。
そしてまだ症状が続いていることを伝え、診察を受けて処方を受けて(変わらない)、
病院を出ました。
そこからはこのブログの振り出しに戻ります。
病院の外で子どもを見る度、
(ずっと涙ぐんでるのに)尚のこと「ぐわっ」と涙がこぼれました。
そして帰宅してから、
恥ずかしながら、本当に大声で泣きました。
部屋にある、何もかもが有難かった。
布団ひとつ触れても「触れられる、自分がここにいる、有難い」
封筒ひとつ手にとっても「手に取れる、自分がここにいる、有難い」
写真ひとつ目にしても「見られる、自分がここにいる、有難い」
言葉にすると変ですが、行動をみたらもっと変だったと思います。
部屋中のもの引っ張り出してきて触れて抱きしめて泣いていました。
そして「今度KYOSUKE麻雀杯を@KYOSUKE宅でやるぞ」なんて近所の友人の連絡に、
「友だちがいる、自分がここにいる、有難い」
なにより「明日仕事がある、自分がここにいる、有難い」。
友だちも仕事も何もかもがあって、初めて自分が存在しているんだなぁと、
好きなこと、嫌なこと、好きな人、嫌いな人、楽しい思い出、辛い思い出、
全部あって、初めて"今ここ自分"はこうして生きているんだなぁと、
何か一つ欠けても"今ここ自分"ではない自分になっていたのだなぁと、
この瞬間も、生を一分一秒与えられ続けているんだなあと思うと、
"今ここ自分"を瞬間瞬間一生懸命になる以外には、何も必要なことが思い浮かばない。
そうすると、これから起こる多少の"苦""辛""嫌"すら愛せてしまいそうな気になってくる。
えり好みするんじゃなくて、全部抱きかかえるんだと腹をくくれば、
思った以上に腕っ節も足腰も強くなるし、前も見えるのかもしれない。
「嘘をつかずに正直しているのに、どうして信じてもらえないんだ」
「笑顔で話しかけているのに、どうして目も見てくれないの」
日々いろんな黒々とした「どうして」に飲み込まれそうにもなりますが、
その「どうして」も、息をして生きている"今ここ自分"を作ってくれていると考えれば、
なんだ、どうってことないじゃないか!と。
ただ、人を傷つけたり、馬鹿にしたり、無視をしたり、
自分が誰かに何かをしてしまったりしたら、それは「どうってことない」ことじゃないので、
そういうことはしないように気をつけようと。
ちなみに、今回の不正出血の原因は、
多分ストレスを過敏に感じたんでしょう、内臓は大丈夫ですよ、とのことです。
まあ不正出血も(ガンで無いとわかれば)、
「どうってことなじゃないか!」と、
しばらく一緒に歩いていくくらいの気持ちで行きます(笑)
きっと、一緒じゃなかったら見えなかった景色を見せてくれるでしょう(^-^)
30年40年続いたら、ちょっと頭を下げて別の道に行って頂かないと、かもしれませんが(笑)
最後に、白隠禅師の逸話からひとつ好きなものを抜いてきて終わります。
「自分に起こることはすべて受け入れる」そんな話です。
あっちこっちやれ揚げ足だ責任だとかじゃなくて、こんな受容性をもてたら、と、
改めて読んで思いました。
でも多分、そんな人ばっかりじゃあ世の中困ります。
責任の押し付け合いだってなけりゃあ世の中が成り立たない(笑)
村上春樹の言葉を借りると「カレーライスの福神漬けくらいがちょうどいい」
私もそう思います(^-^) 福神漬けがいっぱいっていうのは、なし(笑)
-------------------------------------------------------
白隠が住んでいた村の、ある娘が妊娠した。
娘は聞かれても相手の名を明かさない。
しかし娘の父親が執拗に聞き出そうとし、娘はそれから逃れようとして、それは白隠だと告げた。
娘の父親はそれ以上何も言わず、子供が生まれるのを待った。
生まれるとすぐに白隠の元へ連れて行って、「これはおまえの子供だ。」と言い、
彼の禅師の前に放り出した。そしてそれに続けて考えつく限りの悪口雑言を浴びせかけ、
あらゆる侮蔑とあざけりをまくし立てた。
黙って聞いていた白隠は、聞き終わるとただひと言、
「おお、そうなのか?」とだけ言ってその子を腕に抱いた。
それからというもの、白隠はその子を自分のボロボロの僧衣の袂にくるんで、
どこへでも連れて歩いた。
雨の日も嵐の夜も、雪の降る日も白隠は近所の家々を廻って、
その子のためのミルクを乞うて歩いた。
白隠には多くの弟子がいたが、その多くが「禅師は堕落してしまった」と思い、彼の元を去った。
しかし白隠はひと言も言わなかった。
一方、母親である娘は、自分の子供から離れている苦しみと悔恨の情から、
とうとう子供の本当の父親の名を明かした。
娘の父親は白隠の元へ駆けつけてひれ伏し、頭を地に擦りつけるようにして、
繰り返し許しを乞うた。
白隠は、「おお、そうなのか?」とだけ言って、娘の父親に子供を返した。
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いつか私も子どもを連れて歩けるんだろうか。
帰り道幾度となく、そう思った。
ただ今は、このぼんやりとした不安を連れて、毎日を走ろう。
タイトルのとおり。
1年半お付き合いした人と、本日お別れをしました。
一番笑ったのもこの1年半、
一番怒ったのもこの1年半、
一番悲しんだのもこの1年半。
一番悩んだのもこの1年半。
本当にたくさんの人に助けられ支えられたのも、この1年半。
けどきっと、これからもずっと助けられることは続いていくんだろう。
私は一体誰かを支えられてるんだろうか…
こんなに支えてもらってばっかりで、平身低頭、誰にどれだけ感謝しても足りない。
別れる前からもずっと助けられていたけれど、
親しい友人や先輩に別れたと連絡を入れて、
その返信や返事で、別れたときよりも今泣いています。
この1年半はあまりにも多方に迷惑をかけていたので、
どこまで誰まで一言を入れればいいのかわからないけれど、
まずは落ち着いて、今日のところは寝ることにします。
絶対に忘れられない、忘れてはいけない1年半でした。
相手のこと…というよりも(と書いちゃあ世話がないけど^^;)、
相手との間で起きたたくさんの出来事、
そこでたくさんの人に迷惑をかけたこと、
たくさんの人が支えてくれたこと。
その一つ一つ、絶対に忘れない。
少しずつ、感謝の形にして返して生きたい。
時間は冷たくもやさしくも、どんどん私を明日に押しやっていく。
寝て、おきたら、絶対に笑おう。
明日は、ここ一番の声で、会社で「おはようございます」を言おう。
道悟禅師いわく、
道ということばに迷うことなかれ。
朝夕おのがなすわざと知れ。
「何も難しく考えることはない。その時その場の
縁にしたがっていけばいい。
ただ道はどこかにある(った)のではないか?
といらぬ考えを起こしたらだめ。
毎日こつこつやっていることをたんたんとやっていくのが禪の道」
つまりは、
今日は今日を生きて、明日は明日を生きよう。
そして今日の感謝だけは、明日も明後日も、ずっとずっと忘れず生きよう。
今日は最後まで今日を生ききろう。
できれば、感謝の念で、今日を終わろう。
1年半お付き合いした人と、本日お別れをしました。
一番笑ったのもこの1年半、
一番怒ったのもこの1年半、
一番悲しんだのもこの1年半。
一番悩んだのもこの1年半。
本当にたくさんの人に助けられ支えられたのも、この1年半。
けどきっと、これからもずっと助けられることは続いていくんだろう。
私は一体誰かを支えられてるんだろうか…
こんなに支えてもらってばっかりで、平身低頭、誰にどれだけ感謝しても足りない。
別れる前からもずっと助けられていたけれど、
親しい友人や先輩に別れたと連絡を入れて、
その返信や返事で、別れたときよりも今泣いています。
この1年半はあまりにも多方に迷惑をかけていたので、
どこまで誰まで一言を入れればいいのかわからないけれど、
まずは落ち着いて、今日のところは寝ることにします。
絶対に忘れられない、忘れてはいけない1年半でした。
相手のこと…というよりも(と書いちゃあ世話がないけど^^;)、
相手との間で起きたたくさんの出来事、
そこでたくさんの人に迷惑をかけたこと、
たくさんの人が支えてくれたこと。
その一つ一つ、絶対に忘れない。
少しずつ、感謝の形にして返して生きたい。
時間は冷たくもやさしくも、どんどん私を明日に押しやっていく。
寝て、おきたら、絶対に笑おう。
明日は、ここ一番の声で、会社で「おはようございます」を言おう。
道悟禅師いわく、
道ということばに迷うことなかれ。
朝夕おのがなすわざと知れ。
「何も難しく考えることはない。その時その場の
縁にしたがっていけばいい。
ただ道はどこかにある(った)のではないか?
といらぬ考えを起こしたらだめ。
毎日こつこつやっていることをたんたんとやっていくのが禪の道」
つまりは、
今日は今日を生きて、明日は明日を生きよう。
そして今日の感謝だけは、明日も明後日も、ずっとずっと忘れず生きよう。
今日は最後まで今日を生ききろう。
できれば、感謝の念で、今日を終わろう。