昨日服を買いにいってね、店員さんのトークが
非常に勉強になったなあと思って。
どんどん提案してくるのに押しつけじゃない。
シャツとスカーフが欲しいと言ったらまず幾つかのシャツを
持ってきて素材の説明から。
これから暑くなる事を考慮した説明で、これは麻でこれは絹で、
通気性がとか光を反射する素材で、とかとにかく情報が豊富。
また少し目線を変えて、今度は着る場面に合わせた提案。
こちらが気軽に着れるものを今日は探してると言ったら
こちらの要望に合ったものを基本としてそれに
サンダルや軽めのインナーのシャツを合わせていく。
こんな着方だったらラフな印象で涼しげですよね、みたいな。
色合いはこんな感じだったらこう見えるしこの色もシャツと合うので、
とか。とにかくスピーディで的確。
色は足し引きで考えていく、とかポイントで合わせる、とか。
あと何度かこの店に来ている事を説明したら、
今期のブランドの方向性などを
Ipadで写真を見せて説明してくれて。
だから今回は原色に近い色合いを紹介しているんです、みたいな。

とにかくどんどん服とか靴を持ってきてくれるので、
実際に見て想像できる。
言ってる事もよく分かるし。なるほどなあって感じ。
その店員さん、最後に名刺を貰った時に店長だって知ったんだけど、
その人の話を聞いてる時、服の合わせを考えつつ、
自分が花の打合せで接客する時の事を考えてた。
その店長さんは
話し方や客の意をくんで沢山情報を持って提案してくるって感じで
大事なのは「お客さんにイメージをさせる」って所だと思うけど、
そこが非常に上手な人だなあと思った。
この人本当に勉強になるぞと思ってずっと聞いてた。
服とお花って、前にも書いたけど非常に似てると思うんだよね。
色合わせであったり服の素材はお花の種類に置き換えられるし
どの花を使ったらどんな印象になるかとか、
季節に合わせたお花の提案であったり色の足し引きっていう所も、
例えばよく見たらスカーフと靴のヒモの色が合ってる、みたいな事も
花自体に同じ系統の色を混ぜなくても、テーブルクロスやナフキンの色と
合わせる、みたいなさ、ドレスの色に合わせるとか

こうしたらこうなる、その理由は、っていう説明。
お客さんの要望に合わせる所が前提としてイメージしてもらう為に
とにかく提案して予算に合わせて一番良い答えを出すという流れ、
その「話し方」。
すごく難しいけどとても勉強になった。
人によって話し方って違うと思うんだよね。
あの店長さんはああいう話し方だったけどそれが答えって訳じゃなくて
自分なりの答えがあると思うし、自分のキャラもあるから。

試着する前に買う事を決めたのは今回が初めてだったな。
あまりに上手くて。
あそこまで接客してくれたら気分が良いよ、こっちも。
ただ声を掛けられてなんとなく物を勧められるんじゃなくて
ちゃんとこっちの意見を聞いてくれてる、考えてくれてる、ってとこかな。
そう、「愛」だな。お客に対する「愛」。
そしてあの人には深い「知識」があった。それを非常に感じて、
「この人は信頼出来る」と思った。
知識に裏付けされた自信とお客に対する愛。
これだ。本日の答えが出ました。
ではおやすみなさい。

今日のテーマ
Rufus Wainwright 「Between My Legs」
この一番最後に一気に盛り上がる感じが良いね!
終電を逃し、近くのホテルで久しぶりにテレビを見た。
しかもちょうど、電車の吊り広告で見たNHKスペシャル病の起源が
放送中だったので、「これはツイてる」と思って見た。

とても面白かった。やっぱりNHKは面白いと思う。
NHKを見る為にテレビを買ってもいいって思うくらい。
明らかに他の局とはお金のかけ方が違うからね。
取材期間や撮影期間もきっとすごく長いと思う。
美術や音楽に力入ってるし真面目に放送する姿勢もいい。
CGで説明してくれるのも分かり易いし、何より見てるだけで楽しい。
そう、作り込まれてるから見てるだけで楽しいんだよね。
どれも綺麗な映像で見てて飽きない。
NHKスペシャルを見ると、毎回「NHKはやっぱり違うな」と思う。
安っぽいバラエティ感が無いからね、とても素敵だと思う。

八重の桜も面白そう。綾瀬はるかさんの演技が素敵に見えた。
テレビ買うか・・。
姉から貰ったウーファーとスピーカーも宝の持腐れ状態だし。

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ローラって人いるじゃん、モデルで。
あの人モデルしてる時本当にかっこいいね。
あの人を可愛いっていう人もいると思うけど、
カメラの前であんなにカッコいい表情が出来る人って
そういないと思うんだ。
詳しいわけじゃないけど、
きっとあの人はモデルの中でもスペシャルな人だと思う。
電車や街の広告でふと見た時、その表情に見とれるよ。
なんてカッコいいんだろうと思う。
媚びた所のない真正面を切る眼差しが素敵です。

女性雑誌の表紙を見てるとすごく顔を作ってたり
甘えたような顔をしてる人が多いけど、
あのローラって人こそ本当のモデルに見える。


Today's Feelings

Blind Faith - Can't Find My Way Home
最近忙しすぎる。
休みの日も仕事・・。

それはそうと、
長くて支離滅裂な夢を見た。

最初は姉と姉の子供達と母とで琵琶湖に行こうという話で、
母がボートに乗る予定だから言っていて、予約したの?と
聞いたら「してない」と言うので呆れて電話したら、
おばあさんが出てなぜかその人と話が噛み合わず、
まあ現地に着いたらなんとかなると車を出したら
自分一人になっていて、山の上にいた。
桜が綺麗だったのでカメラを構えて撮ろうと思ったら桜の木の下に
モデルのようなスタイルの外国人風の女性が立っていて、
彼女込みで綺麗な写真を撮ろうと思って良い構図を探してたら
「あ、よく見たら君はジョルジュ・バタイユじゃないか!」という事に
なって、そのモデル風の女性はなぜか夢の中では
自分の友人のジョルジュ・バタイユという事になっていて、
桜の木の隣に彼女?の家があってお邪魔してお茶を頂いていたら
しばらくして彼女の恋人らしき外国人男性が入ってきて
何をするかと思ったら急に絡み出したので
「外人はやっぱり違う」と思って家を出て山を下ったら、
さっきのジョルジュがなぜか山の上の崖から野菜を投げ捨てていて、
大根とかニンジンとか木のカゴから取り出しては投げ捨てて
最後はカゴを逆さまにして全部出そうとしていて
でもカボチャとか白菜とか大物系が詰まっていて全然落ちなくて
「ジョルジュ詰まってる!カボチャとか詰まってる!」
って叫んだけど一向に返事をしなくて、
ちゃんと一個ずつだせよとか思ったんだけど、
これはさっきの恋人と何かあったなと思って道を引き返そうと思ったら
途中で知り合い数人と出会って話を始めたら
「そうだ写真を撮ろう!」という事になって、
したらその中の女の子二人がなかなかポーズが決まらなくて、
ポーズを変える度に彼女達の後頭部が自分の顔の前に来て、
「いやそれだと俺写んないから!いやだから写んないって!」
というくだりが何分かあったあと、自分の荷物を
山のふもとに置いてきた事を思い出して急いで取りに行ったら、
なんとなく顔は覚えてるけど誰だったか思い出せない人が
寿司屋から板前の格好で出てきて、
「あれ、今寿司屋で働いてるんですか?」みたいな事を言ったら
「そんな事どうだっていいんだよ!
それよりお前、あいつとどこで知り合った?」と
怪訝そうな顔で言われて、
あいつというのはさっき一緒に写真を撮ろうとした中の一人の
男の事らしいんだけど、その人が言うには
「あいつ幻影旅団の一人だぜ」という、その事を汗をかきながら
警戒するように言うもんだから、
まあでも言われたら、そう言えばそうだったなと思って、
「でも大丈夫ですよ、彼、友達ですから」と言ったら
「友達って事ねえだろ!」みたいなやり取りがあって、
めんどくさくなってきたのでそのまま道を引き返して
戻ったら数人の友人が十数人に増えていて、
なんていうかエグザイルみたいな感じになっていて、
道に佇んでいる奴もいれば遠くの方のビルの屋上にいる奴もいるし、
道路をはさんだ向こうにも二人くらいいてガードレールに
腰掛けてたりとか、
とにかくすごい広いエリアで集団を形作っていて、
全部含めて「友達」みたいな感覚で、
みんな同じ方向を見据えているから「何してんの?」って聞いたら
「女の子達がどこかに行って戻って来るのを待ってる」というから
一緒に待ってたら全然来なくて
「もう戻って来ないんじゃない?」って言ったら
「え…?」みたいな反応だったので
こいつらもめんどくせえ、と思ったら夢から覚めた。
起きたらお腹が痛かった。
この曲、
http://www.youtube.com/watch?v=bqZJR-L2ces

「あの朝に帰りたい」という所をずっと
「あの瀬に帰りたい」だと思ってて、
とても素敵な歌詞だと勝手に思ってたんだ。
遠い景色に想いを馳せるような叙情的な表現だと思って。
「あの虹を渡って あの瀬に帰りたい」
遠くを見つめるような切ない眼差しを感じる…と
勝手に思っていたよ。
瀬という言葉から眼差しの主が人間とは限らなくて
例えば白鳥とか旅鳥だったりするのかな、とか考えて
綺麗なイメージだなと思ってたんだけど。
あの朝だったのかあ…。

瀬という言葉を辞書で調べたら
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざを見つけて、
身を犠牲にするだけの覚悟があって初めて活路を見出せるという意味で
空也上人による言葉との説あり。
過去の人は素晴らしい言葉を作るよね。
何事もマジになりすぎない事が大事だと思った。
itunesでも日本のミュージシャンが前に比べて
増えてきてるみたいで。
色々試聴してるんだけど、中田ヤスタカ系とか
ほんと色々。
でもね、やっぱり日本のミュージシャンでダントツは
coccoかなあと思った。
なんだかんだ言って、やっぱりcoccoだよ。
ソングライティングパワーが違う。
サングローズとかラプンツェルとかあの辺、
世界的に見てもトップレベルの曲が何曲もあるよ。

歌唱力とか歌詞の独特さとか、もちろんあるけど
何よりそのメロディの美しさ、樹海の糸とか
本当に美しいメロディラインだと思うし、
あと曲調の多彩さ、曲によって全く違う表情があって
一人の人間がここまで多彩な曲調を生み出せるのかっていう、
しかもそれらの曲をどれも高い水準で保ってる。
すごいよ。
普遍的。
普遍的な曲。普遍的なcoccoというミュージシャン。
曲の中でcoccoという美しい人の息づかいが聞こえる。

今、しなやかな腕の祈りという曲をよく聴いてる。
こんな風に歌える人、こんなメロディを生み出せる人、
世界中探したっていないよ。
きっとこの人は歌う為に生まれてきたんだと思う。
同じ日本人である事が嬉しい。
手を伸ばしても届かない、あまりにも美しい人。
冬と春の間とか、夏と秋の間とか、
一日だけ肌に感じる季節の変わり目があるよね。
春一番が訪れた日は何もかもが心地よく
夏の最中、秋風が吹いた日は何もかもが楽しく思える。
新しい季節の変わり目はいつも風によって知らされて、
風はたとえ嵐のように強くなっても春は暖かく、秋は涼しく、
何かが起こりそうな期待感に溢れる。
始まりは本当はいつもそんな気分なんだなあと思う。
変化は本当はいつも楽しいものなんだと思う。

春の匂い、新葉の色、暖かい土の感触、人々の明るい声、
春っていつもそんな感じだったなあ。

春のために、冬ってあるんじゃないかなあ。
秋は夏を越えて、厳しい冬を迎えるために。
冬は春を迎えて、やがて夏を、秋を。
そして冬を、春を、夏を、秋を。
ぐるぐるぐるぐる
季節はめぐりめぐって
あらしのようにめまぐるしくやがてゆっくりと
この間見た夢がとても印象的だった。

大きな駅のホームで電車に乗ろうとする女性が、
警官の様な格好をした男に蹴落とされ、そのままホームから転落して
砂利に叩き付けられて動かなくなるという場面が急に現れて、
それはナチス政権下のドイツにタイムスリップしたような
雰囲気の夢だった。
周りの空気は殺伐としていて重く、
ただとても静かで絵画の中にいるような気もした。
駅のホームの壁際には何人も人が佇んでいて、
みすぼらしい灰色の彼らは少しも動かないし、動こうとする気配もなかった。
彼らは人だけど、壁の一部のように薄い存在感だった。
あとなんとなく全体的にもやがかかっていて、駅や全ての景色が
幻のようにも見えた。

僕は線路が敷かれている砂利の上にいて、蹴落とされた女性の
近くにいた。電車はもう見えなかった。
女性を放っておけないと思ったので、担いでそのまま歩き出すと
しばらくして街の中に出た。
レンガ造りの建物が見えた頃、急に何かに追われているような
気になって走り出すと左側の建物の扉が開いた。
その中から人の気配がしたけど、とにかく身を隠すため
建物内に入った。
扉はすぐ閉まり、僕は近くの階段から二階に上がった。
すすけた曇りガラスから恐る恐る外を覗くと
建物の向かいに誰かいる。
それは追って来た誰かなのか、たまたまそこにいた
誰かなのか分からなかったけど、
こちらを見ているような見ていないような微妙な視線。
ただ、とにかくそんな事より何より
この世界の空気感があまりにも耐えられなくて、
これから先この、どこか平衡感覚の欠如した世界が
限りなく続くと思ったら
必ず近い内に自分は発狂してしまうだろうと思った。

救いはその時これがなんらかの夢なんだと思えたので、
とにかく頭を振れば夢から覚める事が出来ると思った。
そして夢の中で頭を振ったら夢から覚める事が出来た。

面白い世界観だったなあ。途中耐えられなくなったけど。
音も動きも無いけど視線だけは生きてる感覚。
視線によって追いつめられ、狂ってしまう感じ、
なんか、とても興味深い夢だった。

森に住む人は皆
「あの閑古鳥が鳴いたら」と言います。

麓から見える山の景色は誰から見ても明らかで、
季節を重ねる度徐々に後退して行く鮮やかな彩りは
時代と行き交う人々の記憶とを混ぜ合い、またそれは
あわいに浮かぶ悲しみの象徴として
今も私たちの心に残っています。

東から見える太陽の輪郭は山を照らして
森の中の静かな湖をも照らします。
やがて木と木の間に光の絨毯を作り
祖父が語る所に拠るとその光は山向こうの盆地にまで達し、
丸く窪んだ平野は鏡の様に輝くそうです。

戦時中祖父は祖国へと戻る事はありませんでした。
ただ、思い出される記憶はいつもあの暗く色褪せた
炭坑の町での日々だったそうです。
あの頃は子供達も今より多く、炭坑夫達も沢山いたそうです。
湖に行けば小鳥がいたし、山に登れば枇杷が取れた。
大人達はひたすら穴を掘り、夜になれば盛り場へと赴き
赤や黄色の明かりと共にどこかへと消えて行くそうです。
そして朝になったらまた穴を掘っている。
少年であった祖父はその光景を、なにか別世界で
起こっている事のように見ていたそうです。
ある少女は彼らを蝶々に例えてなぞらえたとの事で、その話が
私はとても興味深く、今でもよく覚えています。

「ひらひら舞う蝶々さん、あなたはどうしてひらひら ひらひら
 ひらひら舞う蝶々さん、あなたは赤が好き 青が好き
 綺麗な着物を着た女の人が好き 
 雨でもせっせと飛ぶあなたは どうしてひらひら
 重い石も運んじゃう たまに怪我もするけど
 全部あたしたちのためなのね あの山にいる閑古鳥も
 みんなあたしたちのためにいる
 たくさんの蝶々が閑古鳥が鳴くのを待ってる
 だからひらひら みんなでひらひら」

戦争は数年経って終結したそうです。
過去様々な憶測が飛び交い混乱し疲弊しきった国民は、
その結果に満足出来なくてもただそれを飲み込むしかありませんでした。

祖父が幾年ぶりに訪れた故郷は時を経て非情な変化を遂げていました。
戦争が終わり必要とされなくなった炭坑の町は
きっとどこも同じようなものでしょう。
祖父はただ一軒残された家と誰も訪れない墓地群、
そして昔と変わらない湖と山を見てまわったそうです。

残された家には女性が一人住んでいました。
彼女の身元は結局分からなかったそうです。
多くの物が消えて行った炭坑の町では、一つの手がかりすら
残されてはいなかった。
あったのは変わらない景色と太陽の輪郭に照らされた、
祖父の中に眠る幼少の記憶だけでした。

祖父はこの地で自らの人生を終えると決めていました。
自分の信じたものが失われ新たな道を生きる事も諦め
私達家族の元にも戻らず、ただこの地で褪せる事の無い記憶と共に
眠ろうと、最後に手紙を書き残してこの世を去りました。

私は祖父の足跡を辿るためこの炭坑の町を訪れました。
昨日までどしゃぶりに降り続いた雨も止み、
あの山には虹がかかっています。

山に差し込む光は暗き森の湖にまで届き、
木々の間をすり抜けて光の絨毯を作り、
それはやがて山を越えて広がる盆地を熱く照らし、
その先にある海にまで届くだろう。
私は祖父の残した手紙を読みながら、まだ見ぬ光景を想像し
町を歩き続けました。
この町に残された最後の証人はおそらくあの女性であり、
まだ存命であれば彼女こそ祖父の記憶を受け継ぐ唯一の人であると、
私はそう思いました。

彼女は家の中で機を織っていました。
とても静かに、一つ一つ丁寧に糸を通して
織り込むその姿に私は自分の祖母の姿と重ね合わせて見ていました。

彼女は一体何者なのか。
古く褪せた着物を着たこの年老いた女性は私を見ると静かに、
微かに微笑んだように見えました。
そして機織を止めると私にこう言いました。
「森には蝶々がいるよ みな閑古鳥を待っているよ」

この地方では、閑古鳥が鳴くのは正午を迎えるという意味があるそうです。
正午になれば炭坑夫達は家に戻り家族と共に昼食をとります。
その家族と共に過ごす時間が彼らにとって、唯一心穏やかに過ごせる時であったと
私は後で知りました。

ゆるやかに寂れて行くこの地に残る匂いはこれからも永遠に
消える事はないだろう。祖父と、彼女達の想いと共に。
私は墓石に祖父の名を刻み、そしてこの町を去りました。
昨日寝る直前にウインナー焼いて食べたら
朝信じられないほど胃がもたれてびっくりした。

今考えたらなんで寝る直前にウインナー焼いてんだよ。
寝ろよ。

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最近遅寝に拍車がかかってきた。
なんだか寝られない。
その分休みの日に15時間くらい寝てる。
これは本当に良くないな。

http://www.youtube.com/watch?v=7UtXSTyOAMY&NR=1
この間の休みに見つけた動画。
勝新太郎演じる座頭一なんだけど、
本当に、すごく感動した。
途中から変な音楽が入るけど、この生々しい演技、すごい。
殺陣のシーンを見ていた時気が付いたら涙が出てた。
北野たけしの座頭一を昔見た事があって、
座頭一ってこういう感じなのかと思ってたけど、
本当の演技ってこういうものなんだって思った。
映画ってこういうものなんだ。
役者、カメラ、衣装、セット、演出、
全てあって映画なんだって分かった。
提示されたというか。

勝新太郎の演技は自分にとってとても衝撃的だった。
「座頭一が超人ではない」という事をその仕草で表現していて、
目が見えないという事がハンデだという事、
その前提で演技しているのが分かる。
考えたら当たり前だよね。
目が見えない事はカッコいい事ではないしそれ自体強みにはならない。
その人間味であったり弱さであったり、細かい本当にリアルな仕草、
なんというか、初めて「演技」を見た気がした。
三船敏郎の用心棒を見た時は自然であまり演技をしているという風に
感じられなかったけど、この座頭一は卓越した「演技」をしてるという
風に見えた。
演技に見えないという点では三船敏郎の方がすごいのかもしれないけど、
演技の凄まじさを教えてくれた事にただひたすら感謝したい。

本当に嬉しい。演技、ひいては映画の本質に触った事が嬉しい。
こんなに短い時間で教えてくれた。
リアル。
リアルを追求すると映画はすごくなる。

最初からちゃんと見たくなった。