私の中の女の子は、どこへ行った?
可愛い女の子を見て、
「ほほう、可愛ええのう。」的視点、
要らぬ!
まず、まず「ほほう」がいかん。
「へえ」か「ふうん」だ。
「わあ」とか「きゃあ」とかだ。
もっとちゃんと女の子になりたい。
「普通の女の子に戻りたい」
ですよ。
私をこうしたのは確実にお笑いだ。
男性芸人が圧倒的に多い世界に心酔し、そこを占める感覚を持ちたいと願ったのだ。
そして、気づいたら男のような精神になってしまった。
それがいけないことだと思っていないけれど、
「なんか違う。」
「私もっと可愛くなりたい」
と思うようになった。
だから、
恋とはどんなものかしら?
ユードンノーワッラブィズ.
ってな。
知らねぇわ。
私、
今後誰かと「知り合う」気がしねぇわ。
誰とも知り合わずに、
ただ職場に来る人に愛想笑いして、
死んでいくんじゃなかろうか。
結婚どころじゃねぇ。
再来年ごろは、
正月に実家に帰っても、
親に架空の友達の話しちまうかもだ。
ローティーンの少女なら映画のワンシーンにもなりそうだけど、
一応自分で食いぶち稼いでいる立場としては、
ただヤバいだけだ。
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おっと危ねえ。
井上荒野読むといつもこんな感じになる。
彼女が描く“悪い男”の寂しさに、異様に感情移入してしまうせいだ。
変な癖がある男たち。
しかたのない水の男も、潤一の潤一も、実質同じ男かもしれない。
女を替えずには、現状から逃げ出したり壊したりせずにはいられない男。
わぁっと人と揉めるときよりも、お茶を飲んだり街をだらだら歩いたりしている何でもない時間におかしくなってしまう人たち。
私も同じだ。
もちろん実際に危ないことはしない、一切しないけれど、
ただ突然、壊れてしまえと思ったり、
絶対しなくちゃいけない連絡をせず、縁をばっさり切ってしまったり。
そうして、自分をどんどん恐怖へ落とし込んでしまう。
最近は寂しいのに「一人好き」という自分で作った自己イメージに絡め取られ、
心底誰かといたいとき、誰かに話しかけたいとき、
下を向いて黙ってしまう。
井上荒野の描く男のように、
全部ファックだと思いながらもへらへらと人と付き合えたらいいのに。
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こんな日はどんな音楽もどんな音楽もそぐわなくて、
たまらなく寂しい。
今持っているはちまんえんが、危ない。
早く手元から離して、使わないようにしてしまわなくては。
結局私はずっとずっとずっと彼のことが好きで、
他に誰か愛せるとも、思えない。
確実に言えることは、
次に付き合う人が出来たら、
あらゆる場面で彼と重ね合わせる、彼だと思い込む、ということだ。
彼にしたいことをして、して、して、
前回同様、
頭がおかしくなって、にやにやして泣きじゃくって別れを告げる、ということだ。
どこかに私の王子さまが
どこかに
お笑い好きで、
ロックとフォーク以外の音楽好きで、
食いしん坊で、
守ってあげるだの支えてほしいだの、言わない・出さない男性、
いませんか。
いるはずなんだ。
そいつと結婚したいぞ。
そいつて。