またこの野原に歩いてきて深呼吸をしようと、私たちは話をした。とにかくできることを繰り返し道をつけていこう。天気の良い日にまた野原の座布団セットを持って来ればよい。天気の良くない日にもきてみようか。

核ミサイルのボタンに手をかけた人が野原のことを思い出し果てしなく深い深呼吸をする。永久に時間の止まるような。そんな奇跡は起こるだろうか。わたしたちにできることは奇跡を念じて道をつけていくことだ。草むらを根気よく毎日歩き続ければ道はできていく。この見通しの良い野原は想像のかなたへとつけた道が見えやすい場所なのだ。先の世界大戦で人々が太平洋の島々につけた海の道を私たちは見ることができた。138億年前に私たちの心臓が立てた音が届く宇宙の道も見ることができた。次の世界対戦へと至る道を、この野原に迂回させ深呼吸をし時間を止めることを念じて、まずは息子と私が何度も草を踏み、私たちのつけた細い道をしっかりと記憶に刻みつけること。

息子のプロジェクトの奇跡はまだ起こらないが、私の奇跡はすでに起こった。一年前、この野原に宇宙の始まりから続く道を見るため撮影に来たときには、一年かけて息子の導火線に火がつくとは思わなかった。


そして奇跡は今も起こり続けている。
私にとっては、またこの野原に深呼吸をしに来ようと息子と話をし約束できたことは奇跡なのだ。

宇宙の心音を聴くことは私の仕事であり、野原で深呼吸をすることは息子の仕事だ。けれど私の中で、これら二つの仕事は双子のように平城京跡の野原に細く刻まれた奇跡の道で繋がっている。