先日、久留米の石橋美術館へ行ってきました。


「高島野十郎-里帰り展-」

Floating Apple




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高島野十郎
大正 - 昭和の画家。
独学で絵の道に入り、透徹した精神性でひたすら写実を追求。
終生家族を持たず、画壇とも一切関わらず隠者のような孤高の人生を送った。(wiki抜粋)




野十郎さんとの出会いは数年前。
ソラリアで買い物をしているときに観た「蝋燭」の絵からです。
ぺらぺらのA4紙にコピーされたものが衝立に無造作に掛けられていたのですが、
その圧倒的な存在感・・・思わず立ち止まって絵に魅入ってしまいました。



コチラがその「蝋燭」の絵



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この蝋燭の絵は野十郎さんが生涯に渡って何十枚も描き続け、お世話になった方々へ贈ったものです。

美術館には絵を贈られた一般の方々の協力で、20枚程ずらっと蝋燭の絵だけを並べたコーナー(別館)がありました。
他の展示場所よりも光量を落とし、飾られた壁も黒一色。
暗い室内でぼぅっと浮き上がるようにして三方にずらりと並ぶ蝋燭たち。

震えました。
いや、竦んだというべきか。

野十郎さんが凝視して描いた炎が今度は私を見据えているようで。
ただじっと見ていると、またその光で導いてもくれているようで。
この時の気持ちを何と表現したらよいのか・・・。
ちょうど人が途切れた時だったので真ん中に立ってぐるりと絵を見渡すことが出来ました。
この展示方法は非常にGJだったと思います!


美術館には代表作を始め、静物画、風景画、渡欧時代の絵など150点近く展示されていてとても見応えがありました。



「からすうり」

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代表作の1つ。
私はこの「からすうり」の絵がとても好きです。
何だか不思議な感じのする絵なんですよね。
からすうりの11つを観ると艶やかでずっしりと重そうなのに、絵全体を観た時は、
ぽかん、ぽかんと実が浮いているような妙な浮遊感があります。
ずっと観ていても見飽きない絵です。


野十郎さんは写実を徹底的に追及した画家ですが、彼の絵を見ると確かにすごく緻密に描かれているのだけど、風景画などは特にリアル(現実)よりも別の世界を観ているような気になります。
どこか違う世界へ誘われるような感覚。。



「菜の花」



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野十郎さん曰く、
「生まれたときから散々に染め込まれた思想や習慣を洗ひ落とせば落とす程写実は深くなる。
写実の遂及とは何もかも洗ひ落として生まれる前の裸になる事、その事である」

成る程。
私が絵を通して見ていたものは、野十郎さんが感じた世界の本質だったんですね。



「絡子をかけたる自画像」



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野十郎さんの自画像の中でも1番好きな絵です。
このじっと何かを見据える目。この鬼気迫る迫力!
この目で全てを見つめ、自分自身を見極めていたんでしょうね。

画家として生きていく強い信念のようなものを感じます。

絡子は袈裟の一種だそうで。
お兄さんが出家していて(しかも詩人!)その影響で仏教にも造詣が深かったとか。
求道にも似た想いで野十郎さんは写実をし続けたのかな。
蝋燭の絵にしろ、この自画像にしろ、見ているとクッと心が引き締まる思いがします。



この日の戦利品(あとポスカ156)



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これでじっくりと心置きなく部屋で野十郎さんの絵に浸れます♪



石橋美術館での野十郎展は終わってしまいましたが、
福岡県立美術館ではまだ展示がされています☆
コチラにも40点程作品が展示されていますよ!