Super Woman
2/16 うちのばあさんが入院した。
家族の誰よりも強かったばあさんが病院に運ばれた。
その知らせを会社にいるときに聞いたあたしは、
まさに文字通り鈍器で後頭部を殴られたような衝撃ってこのことだなって冷静に思った。
それくらい冷静でいられなかったわけで、軽くパニック。
なんせ、ばあさんはあたしにとってスーパーウーマンだから。
そんな知らせを耳にしても、目の前の仕事に縛られている自分と、
ばあさんの近くに住んでいない自分を恨めしく思った。
そこに自分がいる理由が全くわからなくなるくらい。
去年の12月にはガンの疑いがあるという診断を受けて同じような思いをし、
ばあさんの老い先が短いことを目の当たりにしたはずなのに、
その時の覚悟なんてどこにもなかったことが今日良くわかった。
おかげで年末は酒に飲まれまくったよ。
結果的に30年以上も通っている医者の誤診だったのだけど。
それとは別に、今日はTOEICのスコアが急遽必要になったという人に
協力すべく会う約束をしていた。仕事の後に向かう先は五反田。
五反田から実家までは電車一本で帰れるから、もしかしたらあたしは
約束をすっぽかして実家に帰ってしまうんじゃないかとか、
そんなことを考えながら何とか山のような仕事を片付けて会社を出た。
大好きだった旅行以外で家を空けることがなかったばあさんが
今頃冷たくて暗い病室でどういう気持ちで一人で過ごしているのかなと思うと
胸をぎゅーっと雑巾みたいにしぼられているみたいになって、
涙がぼろぼろ出てきてしまって、とても電車に乗れるような状態ではなかった。
仕方なく、会社から歩いて五反田に向かい、その途中で叔母から電話があった。
ばあさんの今の状態と、明日は検査があること、ひどい貧血で震えていること、
そんなことを聞きながら桜田通りをひたすら歩いた。
あたしは看護婦の親友も驚くほどの注射嫌いだけど、その時はばあさんになら、
血液型が同じばあさんになら、自分の血を全部あげてもいいと思ったけど、
きっとそんなことをばあさんに言ったって喜ばないだろう。
なぜなら、あたしはばあさんの宝だから。
いつだって、ばあさんはあたしの目標であり、味方だったのだから。
「他の孫は聞き分けが良くて大人しいのに、なんでこの子だけは
こんなに手のつけられないような子になっちゃったのかしら。」
そんな憎まれ口を叩いても、バカな子ほどかわいいというのはこのことだって
わかるくらいあたしはばあさんにとって一番可愛い孫だ。超特別扱い。
一番怒られているけど、一番可愛がられていたと思う。
じいさんを早くに亡くしてから、厳しい姑と舅と子供4人を一人で守ってきた
何でも一人でできるスーパーウーマンなばあさんができることは、
全部あたしもできるようにならなくちゃいけないと思ったのは小学生の頃。
ばあさんになんか負けられん!ってくらいの気持ちだったけど。
ただ、どうしてもばあさんの頑固で人の話を聞かないところと、短気なところがキライで、
ばあさんを超えるにはそこをどうにかしなくちゃいけないと考え、
そこだけは穏やかで、人の話もちゃんと聞ける柔軟な人間になったと思うんだ。
今思えば、当時はそれくらい強くならないとやっていけなかったのだと思うのだけど。
とは言え、まだ命が危ないわけじゃない。明日は検査だ。果報は寝て待とう。
ばあさんがあたしの立場でも、きっと五反田で自分の約束を果たしただろう。
そう考えてあたしは友人に会った。彼女の役に立ちたいと思ったから準備もしてきた。
だから、彼女に会っている時間は全部彼女に費やそうと思った。
軽く飲みながら色んな話をしているときに、彼女が言った。
「初めて会った時は全く仲良くなるなんて思ってなかったけど、
会って色んな話をするうちに、flightyのおかげで世界は広がったし、
こんなに見返りを求めないで人と付き合える人っていないよ」
最高のほめ言葉だよね。友人は全然お酒を飲んでいなくて、
シラフでそんなことを目の前の友人に言えるのも相当かっこいいと思ったけど、
その時に思ったのは、それは確実にばあさんの影響だってこと。
あたしは一人で勝手に飲みながらそんなことを思って良い気持ちになっていたのだけどね。
早く週末にならないかな。土曜日になったらばあさんのお見舞いに行くよ。
入院しているのはあたしが生まれた病院。
とりあえず、明日も仕事をがんばる。
家族の誰よりも強かったばあさんが病院に運ばれた。
その知らせを会社にいるときに聞いたあたしは、
まさに文字通り鈍器で後頭部を殴られたような衝撃ってこのことだなって冷静に思った。
それくらい冷静でいられなかったわけで、軽くパニック。
なんせ、ばあさんはあたしにとってスーパーウーマンだから。
そんな知らせを耳にしても、目の前の仕事に縛られている自分と、
ばあさんの近くに住んでいない自分を恨めしく思った。
そこに自分がいる理由が全くわからなくなるくらい。
去年の12月にはガンの疑いがあるという診断を受けて同じような思いをし、
ばあさんの老い先が短いことを目の当たりにしたはずなのに、
その時の覚悟なんてどこにもなかったことが今日良くわかった。
おかげで年末は酒に飲まれまくったよ。
結果的に30年以上も通っている医者の誤診だったのだけど。
それとは別に、今日はTOEICのスコアが急遽必要になったという人に
協力すべく会う約束をしていた。仕事の後に向かう先は五反田。
五反田から実家までは電車一本で帰れるから、もしかしたらあたしは
約束をすっぽかして実家に帰ってしまうんじゃないかとか、
そんなことを考えながら何とか山のような仕事を片付けて会社を出た。
大好きだった旅行以外で家を空けることがなかったばあさんが
今頃冷たくて暗い病室でどういう気持ちで一人で過ごしているのかなと思うと
胸をぎゅーっと雑巾みたいにしぼられているみたいになって、
涙がぼろぼろ出てきてしまって、とても電車に乗れるような状態ではなかった。
仕方なく、会社から歩いて五反田に向かい、その途中で叔母から電話があった。
ばあさんの今の状態と、明日は検査があること、ひどい貧血で震えていること、
そんなことを聞きながら桜田通りをひたすら歩いた。
あたしは看護婦の親友も驚くほどの注射嫌いだけど、その時はばあさんになら、
血液型が同じばあさんになら、自分の血を全部あげてもいいと思ったけど、
きっとそんなことをばあさんに言ったって喜ばないだろう。
なぜなら、あたしはばあさんの宝だから。
いつだって、ばあさんはあたしの目標であり、味方だったのだから。
「他の孫は聞き分けが良くて大人しいのに、なんでこの子だけは
こんなに手のつけられないような子になっちゃったのかしら。」
そんな憎まれ口を叩いても、バカな子ほどかわいいというのはこのことだって
わかるくらいあたしはばあさんにとって一番可愛い孫だ。超特別扱い。
一番怒られているけど、一番可愛がられていたと思う。
じいさんを早くに亡くしてから、厳しい姑と舅と子供4人を一人で守ってきた
何でも一人でできるスーパーウーマンなばあさんができることは、
全部あたしもできるようにならなくちゃいけないと思ったのは小学生の頃。
ばあさんになんか負けられん!ってくらいの気持ちだったけど。
ただ、どうしてもばあさんの頑固で人の話を聞かないところと、短気なところがキライで、
ばあさんを超えるにはそこをどうにかしなくちゃいけないと考え、
そこだけは穏やかで、人の話もちゃんと聞ける柔軟な人間になったと思うんだ。
今思えば、当時はそれくらい強くならないとやっていけなかったのだと思うのだけど。
とは言え、まだ命が危ないわけじゃない。明日は検査だ。果報は寝て待とう。
ばあさんがあたしの立場でも、きっと五反田で自分の約束を果たしただろう。
そう考えてあたしは友人に会った。彼女の役に立ちたいと思ったから準備もしてきた。
だから、彼女に会っている時間は全部彼女に費やそうと思った。
軽く飲みながら色んな話をしているときに、彼女が言った。
「初めて会った時は全く仲良くなるなんて思ってなかったけど、
会って色んな話をするうちに、flightyのおかげで世界は広がったし、
こんなに見返りを求めないで人と付き合える人っていないよ」
最高のほめ言葉だよね。友人は全然お酒を飲んでいなくて、
シラフでそんなことを目の前の友人に言えるのも相当かっこいいと思ったけど、
その時に思ったのは、それは確実にばあさんの影響だってこと。
あたしは一人で勝手に飲みながらそんなことを思って良い気持ちになっていたのだけどね。
早く週末にならないかな。土曜日になったらばあさんのお見舞いに行くよ。
入院しているのはあたしが生まれた病院。
とりあえず、明日も仕事をがんばる。