アメリカで卵子凍結、そして体外受精・IVF

アメリカで卵子凍結、そして体外受精・IVF

36歳で子宮筋腫摘出手術と卵子凍結、40歳で体外受精をアメリカ、カリフォルニアで経験。これから治療を考えている方々に生きた情報をシェアできればと、記録を残すことを目的にブログを始めました。

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私の不妊治療クリニック通いは2シーズンに分かれました。

 

シーズン1は、35歳。5サイクルほど人工授精(クロミッド&誘発注射)をするも、筋腫が大きくなってしまい、筋腫を取る手術を。その後色々あり、治療を再開せず離婚

 

将来のために36歳で卵子凍結

 

シーズン2は、40歳の夏。採卵するも、2つ育った胚盤胞はどちらもPGSで染色体異常と判明。ここで、40歳という現実の厳しさを知り、36歳のときに凍結した卵子を使うことに。12個あった卵子も、結局PGSで通った胚盤胞は1つだけ。最初で最後となるかもしれない移植で、着床してくれました。

 

36歳のとき、すでに不妊治療経験があり、自分の低Amhを知っていたからこそ迷わず決断できた卵子凍結。あの時に、何も知らなかったらおそらく私は、40歳になっても妊娠はできるだろうと楽観的に考えていたと思います。

 

実際Amhが低かった私は、1サイクルで採卵した12個という数は、将来必ず妊娠できるという安心できるものでは全くなかったと、今回痛感しました。先生にも、「12個取れた結果は素晴らしいけど、絶対に子供が欲しいなら、もう1サイクルしたほうがいいよ。」と言われていました。卵子の質はサイクルごとにも違って来ます。現在卵子凍結を検討しており、絶対に将来子供が欲しい人、または二人欲しいと考えている人は、2サイクルすることをお勧めします。

 

また、現在パートナーがいない、離婚を検討している等で、卵子凍結を迷っている方は、私は凍結をお勧めします。必ず妊娠したいという理由だけではなく、今できることを全てやるという意味でも、あとで後悔しません。そして、パートナー探しへの焦りも減りますし、次のパートナーが年下だった場合も、少し気が楽だと思います。

 

残念ながら、どんなに見た目が若くても、卵巣年齢は毎月老いていっています。凍結保存することによって、その時計の針を止めることができるのです。

 

とはいえ、採卵のプロセスが初めての人にとっては決断しにくいかもしれません。まずは自分の卵巣年齢を知るための血液検査をし、その結果から考えてもいいと思います。

 

なお、シーズン2は、実際クリニックに通った期間は4ヶ月と短かったですが、それはPGSのおかげとしか言いようがありません。現在日本ではまだ禁止されていますが、先日、不妊治療を経験した患者さんたちが「PGSを推進する患者の会」を発足させたそうです。私はこの検査のおかげで、数ヶ月という大切な時間をセーブすることができました。1つ1つ体に戻していたら、あっという間に41歳になっていました。日本が一刻も早く、医療保険のカバー内でPGSを認めてくれることを、心から望みます。

PGSを推進する患者の会を発足させ
PGSを推進する患者の会を発足させ

 

PGSをしたあとの羊水検査についても調べてみました。採取した部分の遺伝子が、受精卵のほかの部分の遺伝子と同一である可能性は100%ではないということで、羊水検査も受ける人も多いようです。私もまだ決定ではないですが、今のところやる方向で考えています。

 

人生は選択の繰り返し、そして時には自分のコントロールできないところで動いてしまうことがあります。そんな中で私にできたことは、やるだけやったと将来思えることを選択することでした。

 

過去5年間、振り返っても本当に色々なことがありました。この私の経験が、どなたかのお役に立てれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月15日、切迫流産診断から18日後に、もう一度不妊治療クリニックにて診断がありました。

 

切迫流産のときの流れるような鮮血の出血はその後4日ぐらいで止まりましたが、その後、また今後は茶色い出血が始まり、1週間ぐらい続いていました。クリニックに言ったところ、その出血は膣錠を入れた際に皮膚が傷ついたり炎症を起こしたりすることによる出血で、子宮からではないよとのこと。本当なのか疑問ですが、もう悩んでいても仕方が無いので、あまり気にしないことに。

 

つわりの方は、8週からひどくなるという話をきいていたのですが、夜たっぷりと睡眠をとるとほとんど吐き気もない状態でした。ひどい人は水さえ飲めないという話をきいていたので、普通に通勤して仕事ができている生活にほっとしました。

 

診察の結果、赤ちゃんは育ってくれていました。現在2.6ミリ。8週にもなると、頭や体が分かるようになっていました。超音波で胸部のあたりが動いているのが見えたときは、ただただ感動。。。しました。

 

この日は、朝に、プロゲステロンとエストロゲンを調べる血液検査も行いました。午後の検診で、膣錠だけあと1週間続け、飲み薬と注射はもう続けなくていい!と。私は1月中旬まで続けるものだと覚悟を決めていたので、ちょっと拍子抜けです。一瓶50ドルする注射(10回分)が一本丸々余ってしまいました。移植の5日前から合計7週間の筋肉注射生活でした。妊娠8週で終わりということになります。

 

せっかくなので最後にもう一度、と、やらなくて言いといわれたその日の夜にも注射を。さすが最終日、刺しどころが悪く今までで一番痛い上、抜いたらどくどくと出血が。しかし、1ヶ月半毎日打って来た私は、出血にも全く動揺せず、痛さにも全く反応しないたくましい女になっていました。(笑) 始めた当初は、刺すまでに数分心の準備が必要だったのに、慣れというものは強い!もう皮下注射も筋肉注射も余裕です。

 

注射終了は、痛いという理由ではなく、9時に必ず家にいないといけないという不便さから開放されるので、それが一番助かりました。また、打ってから1時間は寝れない(マッサージしたり動いたりしないと、次の日の筋肉痛が半端ない)、ので、疲れていて8時に就寝したい、、、と思っても、眠れなかったのも辛かったです。

 

今回の診察で、不妊治療クリニックは卒業。来週産婦人科のアポが入っています。

 

 

 

 

 

 

皆様には、今まで読んで頂き心から感謝しています。

 

本当にありがとうございました。

 

記録を残す目的で綴ったこのブログ、何かの形でお役に立てれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体外受精で受精卵の全染色体を検査し、異常のないものだけを母胎に戻す「着床前スクリーニング(PGS)」を巡り、不妊治療を経験した患者らが28日、PGSを推進する患者の会を発足させ、医療保険の対象にするよう求める上申書を厚生労働省に提出した。PGSは流産しにくくなる効果が期待される一方、「命の選別」や男女産み分けにつながると懸念され、日本産科婦人科学会は会告で原則禁止している。

 

なんとかアメリカに戻ってきました。比較的飛行機でも眠れたので、帰宅後2時間仮眠してクリニックに行くのも、そこまで辛くなく。。。しかし、不安はマックスに達していました。

 

「ここまで来たら、もう結果を受け入れるしかない。」

 

覚悟を決めてクリニックへ。出血はこの頃には大分おさまっていました。お腹の痛みというか、違和感はまだ続いていました。事前に切迫流産についてはEメールしていたので、先生が待合室で不安そうな顔の私を見て、声をかけてくれました。「あと少しであなたを診るから、もう少し頑張ってね。」

 

診察室で準備をして待つこと10分。先生が来たら早速超音波開始です。二日前に子宮の中の胎盤を見ている私は、まず映った空っぽの子宮の画像に、落胆。しかし、ぐりぐりと調整していくと、

 

ありました。。。まだ生きてくれていました。胎盤は8ミリ、力強い心拍も聞けました。

 

現在6週4日。予定日は7月21日。

 

日本は切迫流産の場合、少なくとも1週間は寝たきりで安静に、と言われますが、この日の超音波を見た限りでは、特に何もする必要はないですよ、とのこと。子宮をみても、血が溜まっている形跡はないので、今後の出血は大丈夫でしょう。非常に頻繁に不正出血はあるけれど、たいてい問題はないのよ。と言われました。(結果が良かったから言えるコメントでしょうが)。本当はこの日で卒業の予定でしたが、念のために2週間後に再検診して、その後は普通の産婦人科に行ってくださいといわれました。

 

ちなみに、不正出血の旨Eメールした際には、なるべく座って足を休めることができる限り休め、20パウンド以上のものは持たないでとのアドバイスを受けましたので、出血があった直後のアドバイスは、日本とかわりません。

 

クリニックに到着するまでは、超病人気分だった私も、診察後は痛みも不安も激減し、何も無かったかのように。なんとか休もうかと思っていた仕事も、こういわれてしまうと別にいいのかな、と思い、水ー金は普通に出勤。出血はなくなり、反対に唐突に来る吐き気との戦いに変わっていました。

 

まだまだ切迫流産の可能性が無くなった訳ではないので、再検査となる2週間後の検査結果はこちらに残したいと思っています。また、私の場合は高齢なので、切迫早産等も懸念しないといけないと思っています。羊水検査もする予定です。ホルモン補充はトリプルで継続中ですので、今後もそのような治療のデータだけは、何か変化があれば記録していきたいと思います。

 

また、4年前の36歳に卵子凍結をしたという選択についても、一度書きたいと思っています。それ以外では、このカテゴリーに合わない内容は控えたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本一時帰国中、明日アメリカに戻るというときに、突然の出血を感じました。重い生理のときに経験する感じのものです。膣錠を朝晩いれているため、ナプキンはしていたので良かったですが、ナプキンがなければ脚に流れ落ちるレベルの勢いでした。今までスポッティングはあったとしても、このようなことは無かったので、一瞬にして、これは絶対やばいと、ホテルの部屋に戻ってすぐにトイレへ。

 

すごい量の鮮血でした。。。

 

これはどう考えてもおかしい。とりあえず安静にするも、どくどくとまだ出血が続いています。帰国した日にクリニックのアポは入っていますが、このまま飛行機に乗っていいのかも分からない。日本の保険は持っていないけれど、自己負担でも大したことないだろうと、近くの産婦人科へ。

 

日本のクリニックの手際のよさは素晴らしい!すぐに先生に診てもらうことができました。

 

皮肉にも、これが妊娠してから初めての超音波となってしまいました。。。でも、その時点では、胎盤が確認でき、心拍も聞くことができました。ただ、「出血しているため今後どうなるかは分からない。切迫流産でしょう」との診断。飛行機は乗ってもいいけれど、それ以外はとにかく安静に、、、とのこと。「不正出血は2人に1人の割合で起こるから」、と元気付けてもくれました。

 

でも、こんな状態で元気にはなれない。。。せめて、今できることをしようと、診断後は、私は一切荷物を持たないように。移動はタクシーを使ったり、ゆっくり歩いたりと、できる限りのことをしました。ただ、診察中に先生が「血栓を取ってくれた(こう聞こえましたが、確かではありません)」そうで、激しい出血はなくなり、だんだんと茶おり程度になっていきました。

 

後から知ったのですが、切迫流産というのは、流産するかもしれない状態のことで、実際に流産はしていないようです。ただ、ここで流産するのはほとんどが、染色体異常が原因。染色体検査をして異常ではない受精卵を移植している私は、どう考えたらいいのでしょうか。。。「あの時あれをしたからだ。」「あれさえしなければ。。。」と、つい自分を責めてしまいます。ただ、万が一流産という結果になっても、こうやって人生で1回でも心拍を聞けたのは良かったな、とそのときは思いました。この音が私のお腹から聞こえてくるのが信じられないような、力強い音で、聞いたときには、涙涙、でした。

 

不安ばかりが募りますが、やはり医者に診てもらうと、少し楽になりました。保険なしの自己負担で診察料10400円、筋肉収縮を防ぐ薬が1400円。安い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オイル注射は1オーダーで20回分。陽性反応が出たので当分続けないといけないことになり、至急スペシャリティファーマシーへ電話。

 

そこで衝撃の情報が。。。なんと、現在アメリカ国内でこのオイルが不足。注文できない状態とのこと。「この薬は決して不妊治療用ではなく、普通の薬局でも処方してくれるので、ローカルの薬局をあたってみてくれ、おそらくクリニックがどの薬局にあるか知っているだろう。」と言われました。

 

がーん。一週間後からは日本に行くので、それまでになんとしても手に入れないといけない!

 

ローカル薬局に電話し、データベースを調べてもらいましたが、どこもないとの答えだったので、諦めてクリニックに連絡。そこで教えてもらったのが、Integrity RX。この薬局は独自にこの薬を製造しているので、在庫問題はないはずとのこと。

 

早速電話してみると、在庫があるのですぐに発送できるとのこと。大手薬局では保険が効いて無料なのですが、ここは100ドル払い、自分で保険会社に請求してくださいというタイプ。おそらく、ネットワーク内の薬局ではないので、自己負担額が発生します。しかし、そんな小額を気にしている暇はない!小さい会社なのか、注文もスムーズ。次の日には届いていました。

 

箱を開けてみて驚き!!!おおお、これが噂の!オイルじゃないんです。

 

よって針も一回り細いタイプ。昔、オイル注射を始める前に、筋肉注射がどんなに痛いかを検索していたとき、ある書き込みに、「私のはオイルじゃないので針も細く痛くないわ。」というのがあったのを覚えていました。しかしどうやったらそれが買えるか、きっちり読まずに忘れていました。この薬局は、不妊治療薬を専門に扱っているようで、全米でオーダー可能。彼女もきっとここで買ったのでしょう。

 

今回のものは”C-Progesterone 50MG/ML In ETHYL OLEATE”とかかれてありました。通常のものはIn Sesami Oilと書かれてあります。

 

ちなみに、気になる針の差。私からしたら全然違います。(長さは一緒ですが)

 

(右)オイル用:0.7mm x 40mm

(左)液体用:0.5mm x 40mm

 

 

刺した時の感覚は、誘発用注射(お腹の皮下注射)の感覚に近いです。思い切り突き刺していきます感がかなり減りました。太い方もそこまで痛くはないのですが、ビジュアル的に痛々しいので、刺す時いつも恐怖でした。なんせ、4センチ全部突き刺すんです。。。

 

もうこれを体験してしまったら、太いのには戻れないな。。。と思います。自己負担額なんて気にしない。私は次もまたオーダーする必要があるなら、この薬局を選ぶでしょう。。。

 

注射が恐怖でアメリカ在住の方、これはかなりオイシイ情報だと思います!!!(アメリカでは、妊娠したら毎日3ヶ月間ほど続けるように言われるのが普通のようです。長い付き合いです。。。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BT13に再度血液検査に行って来ました。BT11での検査数値からどれぐらい増えているかを見るとの事でした。

 

結果。

 

BT8   - 11/10 (Fri)  HCG 193.3

BT11 - 11/13 (Mon) HCG 777.9 / P4 38.73 / E2 224.3

 

通常3日で倍になってればいい数値。これはとてもいい伸びですよと言われました。この日から本当に妊娠しているのだーという実感が。お腹の鈍痛は続いていましたが、それも心地いいものに。

 

しかし、、、BT13である11/15(水曜日)。夜、油断をして遅くまで起きていると、突然左下腹部に激痛が。位置的には卵巣か子宮かというところです。

 

「これはやばい。」と直感的に感じました。すぐに横になりお腹をさすっていると、だんだん痛みはおさまってたのでそのまま就寝。

 

次の日、特に出血はなし。ただ、今まで続いていた生理痛のような鈍痛が、なくなっている気が。。。ホルモン剤3種は続けたままなので、体はポカポカですが、明らかに何かが違うような気がするのです。

 

そう思い始めると、全てが不安に。。。

 

とはいえ、今すぐに何が起こったのかを知る方法はない。HCGがすぐに下がることはないので、今妊娠検査をしても陽性なはず。あまり考えすぎないように、と言い聞かせながら、11月28日の超音波検査を待つのみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝7時に血液検査をし、予定通り13時過ぎに主治医から電話が。

 

 

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現在40歳。

36歳のときに凍結した卵子を受精させた胚盤胞を移植し、本日の血液検査はBT8。やや早めの妊娠検査です。

1サイクル目、40歳時の卵子では、できた胚盤胞全てが染色体異常で移植すらできませんでした。

詳しくはこちら

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"Are you ready?"と聞かれ、"Yes!"と恐々回答。

 

結果は。。。

 

 

陽性を頂きました。

 

 

数値は聞かなかったのですが、ボーダーラインではなく問題ない数値だよ、とのこと。そして。。。選択肢がないなら知ってもいいと思っていた性別(PGSですでにデータはクリニックに届いてます)。ここまで来たら聞いてしまおうと、性別を質問。

 

 

男の子でした。(予想通りでした!)

 

 

なお、今回は第一血液検査で、3日後の月曜日(BT11)に再度血液検査。ここで上昇が見られたら、ひとまず安定ということで、その次のアポは11月28日の超音波となります。(私は今月19-28日まで日本に行くため、その間まだまだ不安ですが。。。)

 

ちなみに、実は2014年に期限が切れた中国製の安い妊娠検査薬を50個ぐらい持っていたため、BT3からフライングしていました。。。

 

私はデータを集めるのが好きなのと、この最初で最後かもしれない頑張ってくれた受精卵が、一瞬でも着床したならその瞬間を目で見たい、、、という思いから、迷わず毎日朝昼晩チェックしてました。

 

BT3 真っ白

BT4 蒸発線?かと錯覚するぐらいの線らしきものが見えるような見えないような。しかし、今まで蒸発線を何度となく見てきた私にとっては、この目の錯覚のような線を見れただけでも、地球がひっくり返るような出来事でした。

BT5 錯覚ではないことが分かる薄い線が

BT6 朝の検査結果が前日より薄いことに気付く。線が消えてしまう不安というものを初めて学びました。夜にはもっと濃い線でちょっと安心。

BT7 朝は2014年に期限切れのクリアブルー使用。すぐに陽性反応。夜はまた中国製で、より濃い線。

BT8 朝血液検査。夜中国製で前日より濃い線。

 

排卵検査薬でしか見たことのなかった線。生まれて初めてのこの線も、見れた感動は大きかったですが、次は「消えてしまわないか。」「維持できているか。」という、今まで未知だった不安の世界に突入。陽性結果を見ることが決してゴールでないことを学びました。(頭では分かっていたつもりでしたが、何せ経験ないので実感がわかなかった。。。)

 

せっかくここまで頑張ってくれている受精卵ちゃん、なんとしてでも守りたいと、私の意識が今までにない強いものに変わっていってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は血液検査の日。早起きして7時のアポに行って来ました。1時以降に主治医からの電話があるそうです。

 

ちなみに移植後の経過は。。。

 

胚盤胞移植後

BT0 - 11/2/2017 (Thu) 移植後家で爆睡 特に症状なし

BT1 - 11/3/2017 (Fri) 仕事が忙しくてよく覚えていない

BT2 - 11/4/2017 (Sat) 一日だらだら。胸の張り皆無 症状なし

BT3 - 11/5/2017 (Sun) 胸の張り皆無 症状なし。。。

BT4 - 11/6/2017 (Mon)  胸の張り皆無 症状なし。。。

BT5 - 11/7/2017 (Tue) 胸の張りほぼ無し 生理通のような鈍痛が少しあるかな?程度

BT6 - 11/8/2017 (Wed) 胸の張りほぼ無し 生理通のような鈍痛が少しあるかな?程度

BT7 - 11/9/2017 (Thu) 胸の張りほぼ無し 生理通のような鈍痛が少しあるかな?程度

BT8 - 11/10/2017 (Fri) クリニックにて血液検査

 

要するに、症状はしいていえば鈍痛があるかな?という感じです。体が熱いポカポカ感はいつもありますが、それはホルモン剤トリプル注入からくるものだと思われます。。。

 

そもそも今回、移植する前日ぐらいに排卵痛がありました。よって、胚盤胞を、排卵直後に移植した感じです。私の理解では、胚盤胞は5日間育っているので、5日間待って移植だと思っていましたが、私のクリニックは移植サイクルに私がいつ排卵するか等のチェックは一切皆無でした。(そもそもそのクリニックでは移植する日は「木曜日」と決まっているようです。)早めの移植なので、胸の張りも遅れているのではと思いたいのですが。。。

 

どちらにしても、あとは結果を待つのみです。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は以前35歳のときもクロミッドや人工授精の治療をしていました。その頃は、年齢もまだまだ余裕があると信じこんでおり、「子供を産まない人生はありえない」という、重い思い込みに振り回されていた気がします。

 

その後色々あり、今回40歳で再スタート。(パートナーが替わっています。)

 

「子供は簡単にできない、諦めないといけないかもしれない」という壁には数年前にぶつかっているため、今はそこまで妊娠に対するアタッチメントはありません。この数年間で色々消化して、現実を受け止める準備ができてきたのだと思います。

 

今回経験して学んだことは、やはり染色体異常の確率の高さでしょう。

 

PGSをするという機会を頂いたため、実際自分の受精卵がどの割合で染色体異常なのかという事実に、いやでも直面させられました。そしてかなり冷静に現実を受け止めることができました。(PGSについてはこちら

 

そもそもPGSで産み分けができてしまうと知ったときに、性別を知った上で戻す受精卵を「自分が選ぶ」というアイデアに倫理的に疑問を抱きました。「1人でも授かれば性別なんて関係ない、どちらでも嬉しい。」という立ち位置だった自分が、医学の進化により、「自分が選ぶ」位置に行くのが、どうしてもしっくりこなかったのです。(しかし、結果は一個しかできなかったので、何も悩むことはなかったのですが。。。それでも今回も性別は隠してもらっています。)

 

こうやって医療が進んでも、結局コントロールできないものがあり、そこに妊娠という神秘的なものがある。。。異常のない受精卵を戻して、注射でホルモンを注入しても、それでも妊娠しない、それは、誰が何が悪いとかではなく、自然に受け入れるべき事実なのではと。

 

実際私は、今回の2サイクルで、5つの見た目はいい感じの胚盤胞ができています。今回は初めての移植ですが、PGSがなければこれは5回目の移植となります。(戻す順序によっては3回目4回目かもしれませんが)。

 

もし5回移植していて、その結果が全滅だった場合、「さあまた次サイクル誘発して採卵してトライすればいい!」という単純な考えにはなっていないんじゃないかと思います。「数こなせば何とかなるというわけではない」そういう壁にぶつかっていたでしょう。

 

今回異常なしで戻ってきてくれた唯一の受精卵、これが私の人生最初で最後の移植できた受精卵かもしれません。だから、今回がだめなら、それはそれで受け止めるべきなのかなとも思い始めました。

 

もう1サイクルやるなら、それは私の40歳の卵子の現実を再度確認し後悔しないため、となると思います。PGSで再度全滅でも、もう衝撃はありません。

 

と、暗い内容になりましたが、まだ今日はBT3です。決してマイナスに考えているわけではありません。ただ、現医学最先端の遺伝子検査で通った選ばれた「受精卵」という命を体で受けるということを体験し、人間がコントロールできる限りのことはやりきったという、ある意味達成感を感じたと共に、こういうことを何度も人工的にトライしたい、と思わなくなった自分がいるだけです。(実際の自分の歳や染色体異常の結果を考慮したうえで)。

 

今はどちらの結果でも幸せな人生が待っていると思っています。

 

ちなみに。。。移植後ですが今のところ全く症状はありません。

 

胚盤胞移植後

BT0 - 11/2/2017 (Thu) 移植後家で爆睡 特に症状なし

BT1 - 11/3/2017 (Fri) 仕事が忙しくてよく覚えていない

BT2 - 11/4/2017 (Sat) 一日だらだら。胸の張り皆無 症状なし

BT3 - 11/5/2017 (Sun) 胸の張り皆無 症状なし。。。

BT4

BT5

BT6

BT7

BT8 - 11/10/2017 (Fri) クリニックにて血液検査

 

しかし、毎日注射やら膣錠やら飲み薬やら、大忙しです。でも、受精卵を戻した後のほうが、注射もやりがいがあります ^ ^ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事移植を終えてきました。

 

移植自体は本当に簡単、一瞬で終わりました。ただ、クリニックの演出が少し凝っていて、神聖な儀式に立ち会った気分でした。笑

 

アポは11時15分。まずは膀胱内をお腹からの超音波でチェック。一杯にしてきてくださいとあったので、限界に近い状態で、さらにペットボトルを握り締めていましたが、多すぎるとのこと。5秒だけ出してきてと言われ、トイレから戻ると、まだまだ多すぎるので次は8秒と。

 

実際8秒出した状態は、膀胱一杯どころか、あと数時間トイレに行かなくてもいいレベル。あの「膀胱一杯にしてきてください」というインストラクションはやめて欲しいです。

 

準備が整ったところで、主治医が登場。大きなモニターに、ハッチングされた可愛い胚盤胞が映されます。バックにはヒーリングミュージックが流れ、長年会えなかった親子の再会のような気分に。

 

その後隣接しているラボから培養士が登場。実際の胚盤胞が入った長いスポイトのようなものを持ってきました。

 

その後、手早く膣に器具が設置され、お腹からの超音波画像を見ながら、スポイトが入り、白い光のようなものがポツっと子宮に。

 

それで終わり。

 

もちろん無痛です。

 

終わった瞬間、「トイレ行っていいですよー。じゃあ9日間後に血液検査しましょうねー。」と言われ皆去っていきました。

 

「1時間休憩してくださいねー。」等は一切なし。即服を着て、トイレにいって退散しました。

 

しかし、バックミュージックとともに、白い光が子宮に宿った瞬間は、感動ものでした。

 

36歳のときに採卵していなければ、移植というこの瞬間も体験できなかったかもしれない(40歳8月の採卵は遺伝子検査で全滅。移植できる受精卵がなかった)と思うと、結果はどうであれ、育った受精卵を体に戻す経験ができて嬉しいです。やるだけやったなという感があります。

 

妊娠検査は11月9日(金)。

 

午後はなるべく寝転んだ状態を保つこととのことでした。眠かったので爆睡した意外は、普通に歩いて料理したりしましたが。。。