ホテルをあとに 友人と 国際通りを散歩する
国際通りの長さは約1マイル(1・6キロ)
こちらも 左右 すべてお土産屋さん
眺める
たまに おもちゃを押して 鳴き声を笑う
そして
「バームクーヘンふくぎや」
バームクーヘンの工程を眺めました
えんとつ
焼きたてが 行儀よく並んでます
2本の棒が見えます
熱して
1本にバームクーヘンの素を巻き始めます
もう1本はスタンバイ
適度に熱したら 棒をスクロールさせて 交換です
これを繰り返し
まあるい輪のバームが完成
ふくぎや の バームクーヘンは
凹凸が人気でち
これからは 会うこともままならない彼女へ
お土産を買いました
黒糖入りの「ガジュマル」が美味しいよ
と言うので
それを買いました
恐縮してましたが できることは これくらいしかないので
気持ち
で渡しました
喜んでもらえうれしい
国際通りの由来
1948年
「アーニーパイル国際劇場」↓が
現在の 「てんぶす那覇」のあたりにあり
戦後の娯楽施設として
口コミで有名になり
略して 「国際通り」とよばれるようになりました
実在した
アーニーパイルさん
沖縄従軍記者でした
1945年(44歳)に伊江島で亡くなりました
彼が見た沖縄はアメリカの大抵の土地と変わらないと言い
気候も植物も海岸の様子などから
そう感じたのです
田畑もきれいに耕され小さな段々畑が延びてるところなど
インディアナ州の
晩夏を思わせると・・・・
戦争の記事を書くアーニーパイルさんは
日本軍の
機関銃で撃たれ戦死
アーニーパイルさんが 犠牲になった伊江島は
その3日後
完全にアメリカ軍の手に落ちました
戦争で命を落とし
生きてればさらに詳しい戦争状況が
伝承されたものの
いまとなっては なすすべもありません
素敵な日々をあなたへ