前記事からリコメもせず また記事UPでごめんなさい
すいかどん
4月20日 21時49分
静かに 眠るように息をひきとった すいかどん
来沖して わずか45日
あまりにも突然で 誰も予想しなかったことでした
ごめんね すいかどん
早いもので 26日の金曜は初七日
関わった誰からも愛された すいかどん
とくに 育ての親である娘の心境を思うと言葉もありません
こころ優しい方ばかりなので 責めはしませんが それだけに私の苦しみは倍加します
様々な事柄が思い浮かび 申し訳なさでいっぱいです
目をかけてあげられてなかった
すいかどん目線で物事を選ばなかった
勉強しなかった(わかったつもりでいた)
自分の都合を優先した
かわいがるだけの自己満足だった
4月21日 那覇市壷川の霊園です
蘭の花を添えてもらいました
すいかどん
最後の写真です
読経のなか お線香をたき 手をあわせましたが
不思議なほど 涙はでませんでした
これは儀式であって どこかに すいかどん
は居る
そういう気持ちでした
4月19日 19時21分
18日の夜
いきなり 白い泡状のものを立て続けに2度吐いた すいかどん
空腹時には よくあることらしいのです
嚥下障害(呑み込みづらい)が 現れることもあるので
軟らかくて 好みのチュールを用意しました
でも口をつけただけで 食べません
水を飲みましたが 吐きました
翌 4月19日
食欲もなく すべて吐くので 病院へ行きました
診てもらったところ
感染もなく
痛む個所もなく
待合室で 痙攣を起こしました
少量で栄養価が高い さらにどろどろのご飯を先生の前で食べたので
その缶を頂き 帰りました
でも
食べるのも それが最後となりました
徐々に体重も体力も落ちる すいかどん
お水をシリンジで口へ入れます
どろどろへ さらに 水を足して シリンジで食べさせます
吐きます
時間をおいて 同じことの繰り返し
すいかどんが 元気を取り戻すことは叶いませんでした
4月21日 12時44分
我が家へ戻った すいかどんです
娘や すいかどんの気持ちを思うと 一日も早く大阪へ帰してあげなくちゃ
と思うばかりでしたが しばらく居てもらいました
すいかどんの遺骨を大阪の娘宅へ帰宅させました
初七日を娘宅で迎えたい すいかどんでしょうね
また 娘もそう希望してました
すいかどんの遺骨を少しだけ貰って 日々 手を合わせています
もしかしたら・・・・・
あのとき こうしていたら・・・・・・
いまだに後悔の念は変わりません
どうしようも無いことと判ってはいますが
ごめんね すいかどん