高校卒業後、建設会社に入社し、5年ほど勤めた、
市内、長岡、中越地震での災害復旧、
埼玉の営業所に転勤、

ちょうど22才の年だったと思う、地震後も続いた災害復旧の為に長岡の営業所にどうしても手伝いに来て欲しいという要請に、埼玉に転勤中の私が引きぬかれた、
5年は覚悟した埼玉だったが、一時的に新潟に帰る事になり、長岡市に合併後の、三島、与板近辺の現場についた…

毎日忙しい日々が続き、生活もほとんどが、寮に寝泊まりし、週末に実家に帰る程度、

両親ともほとんど顔も合わす事もなく、仕事もやっと落ち着き一年ほどが過ぎた頃、

喫茶店を営んでいた父親に予想もしない出来事が起こった…



ガンの宣告
末期の胃ガン…

母親から検査を受ける事は聞いていたが、

まさかの結果だった
何年も痛みがあったらしいが、胃カメラを飲む事をずっとしなかったらしい
泣きながら電話してきた母親になんて言っていいかわからず、ただ自分も涙が止まらなかった…

父親の病気をきっかけに、私は仕事を辞め、いつでも実家に帰れる距離にある兄が勤める会社に少しお世話になる事になった、



しかし闘病生活が一年ほど続いたが、享年55才 父親は還らぬ人となってしまいました。
本当に若すぎた死だと思います…

母親は一人になり、なかなか仕事を再開できず…
この事がきっかけで、私が母親と一緒に 喫茶店の後を継ぐ決心をしたのでした…