ちょっと思ったんですが、「モノは考えよう」とか「良いところだけ観る」とか「足るを知る」とか、もろもろの事なんですが、同じ言葉でもその時々のうけとりの深度といいますか、理解の仕方が違うんですよ。
自分にとってたいした意味を持たなかった事があるとき心にズシーンと来ることがあります。
「あっ!そういうことか!!」とか「腑に落ちた」とか。
なんか、追い込まれたり、ストレスを感じることがあった後に理解が深まった気がします。
そう考えると嫌なことやストレスも結果、自分を祝福しているような気がします。
夜中に歩いて遠くの駐車場に向かいながら、そんなことを考えていました。