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三十路の読書感想文

自分が読んだ本の感想や内容、学んだことなどを主観的に書いていきます。
「人」について学びたい。

 現在2度目の読書となる「ゲシュタルト療法」。途中ではあるが、現在までのところで、非常に良かったとおもったところを紹介していきたい。

 

 現代医療は心身二元論が主流となっている。心と身体は別々のものであり、身体は魂が入る物体として扱われている。これはデカルトの人間機械論が先駆けである。病院の診療科は細分化され、その一つの中でもさらに専門医がいる。まさしく病人をみず、病気をみる状態である。

 かといって、いきなり心と身体は一つであるという心身一元論を唱えても、胡散臭くなるか、なんとなく言葉で理解した気になるだけである。

 

 そんななか、この本の中に非常に腑に落ちる説明が書いてありました。

「精神的活動と身体的活動をエネルギーの高低から見る」というものです。

エネルギーといった時点で胡散臭いものかオカルト的なものと感じるかもしれないがちょっと待ってください。

あなたはどうやって行動していますか?

なにを基に動いていますか?

糖質とか脂質とかそういった物質的なエネルギー源もたしかにあります。ただ、その前にもっともっと基本的なものがあるのを忘れていませんか?

 

 







 

そう、それは欲求です。

人(人に限らず動物)は欲求をもとに動いています。

食欲、性欲、睡眠欲。さらに所有欲、名誉欲など。

これらも十分に自然にエネルギーとしてとらえられないでしょうか?

 

さて本題ですが、人間の行動を活動のエネルギーの高低から身体的活動と精神的活動に分けることができる考え方は心身二元論からきっぱり脱却できます。

 

上記の図はいかがでしょうか。

つまり、精神的活動と身体的活動は別々のものではなく、つながっていて、精神的活動は低いエネルギーレベル。身体的活動は高いエネルギーレベルということなのです。

これによって人間を一つの全体的な存在としてみることを可能にしているのです。

すなわち、人間の行動は身体的な活動という顕在的なレベル精神的な活動という潜在的なレベルのいずれかに現れるのです。考えることと行為は源が同じなのです。

 

たとえば、最初は口喧嘩だったのにどんどん熱くなっていって最後は殴り合いグーなんてのは典型的ではないでしょうか?殴り合いに発展しなくても心拍数や血圧は上がります。

また、ついカーっとなって刺してしまったとか、ムラムラして抑えることができなくて女の子を襲ってしまったとか、大人しかったはずの子が急に暴れたなど、これらの事件はよくニュースなどでみます。おそらくこの人たちはその時、急になったのではなく日頃から溜まっていたものがあったのでしょう。ずっと抑圧してきたものだから、それが顕在化した時には爆発的な行動になってしまった。

神経症と犯罪者の違いについてはまた別の機会に書いてみたいと思います。

 

顕在化した行為はその人の内面とつながっているのです。

その人の行動は果たして何を意味するのか?

表情や行動、言動に現れたものをどれだけ観察し、感じ取ることができるか。

そして、それをどう解釈するのか。

 

またこのパートについて考えを深めていきたいと思います。