不況からの脱出ネットビジネス落ちこぼれの逆襲! -20ページ目
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裏話その2・・・そして再び

どうもです。Tamaです。


1日1回の記事作成を目標に掲げていますが


なかなか筆というか指が進みません。



本当は夜勤あけの早朝に

書き込もうとしたのですが



睡眠不足で眠ってしまいました。



ということで仕事に出かける前にやっています。



前回、裏話のタイトルで



月収12万円で求職を始めるまでの

経緯を紹介させていただきました。



ここまで条件を下げると不況とはいえ

いくつかの求人はありました。



年齢不問、経験不問、・・・う~んいい響きです。



欲張って3~4箇所をピックアップして窓口へ・・・



でも、ハローワークの担当者は

1箇所しか紹介してくれません。



そして、「とにかく厳しいと思ってください!」



え~これでもだめ?



聞いてみると就職そのものが厳しいということです。



考えてみると新聞やテレビのニュース

で派遣切りがずいぶん増えて、


かなりの就職難というニュースを

何度も耳にしていました。



でも、ここで引き下がるわけには行きません。

とにかく、企業の担当者に連絡してもらいました。



ハローワークの担当者は電話をしながら難しい

顔をしていましたが、


とりあえず履歴書を送ってほしいというので、

次の日6時間かけて書き上げてポストイン。




数日後、連絡があり面接となりました。



そして、結果は採用!


まあ、何とかなったな。」



と、一応は安心。



でも、実はこれが地獄への入り口?・・・・。



出社初日、指定された会場には50人

ほどの新入社員が集まりました。



還暦は過ぎているであろう夫婦、初老の紳士、

見るからに二十歳くらいの若者、

まさに老若男女です。



ほどなく業務ごとにパートが振り分けられ

組織表が配られました。



ここでびっくり!



なんと集まった人たちは薬剤師に1級建築士、


栄養士、電気工事士、その他もろもろの有資格者。



いったい何を始めるのでしょうか?



面接ではハーブを栽培する。


健康食品をつくる。(ちょっとあやしい)


どぶろくを造る。(どぶろく特区の町です。)

そんな話でした。



だから薬剤師や栄養士はわかるんです。



でも、建築士って?電気工事士って?



もちろん、そういう資格の持ち主が

異業種に再就職するのはかまいません。



けど、この職場ではこの方たちに

資格手当てが出るんです。

それも結構な金額の。



この答えは数日後、すぐに出ました。



この職場はNPO法人だったのですが


ここの理事長がひと言で言うと夢想家だったんですね。



応募した人たちの資格を見て

別の事業も思いついたみたいです。



結局、私はこの職場に3日通いました。

というか3日で職場が無くなりました。



仕事の内容を聞いていてマルチまがいと疑問に

思ったメンバーがハローワークに相談して、

違法な部分が発覚したのです。



ほとんどの同僚は初日からあやしい部分に気がついて


2日めには半数くらいしか集まりませんでした。



私もあやしいとは思いましたが、


こんな経験はお金を払っても出来ない

チャンスかなと3日も通いました。



「はっきりいって馬鹿です。」ハイ



後でわかったことですが、

面接を受けた事務所は家賃を半年滞納。



ハーブを栽培する予定だったビニールハウス

は代金踏み倒し。



その他もろもろのボロが発覚しました。



一部の人はこの理事長を詐欺といっていましたが、


詐欺ってもっとかしこいんじゃないかな?

と今でも思っています



でも、そこに3日も通った私は・・・・?



あくる日、再びハローワークへ。



で、次に勤めたのがその5日後で

今の職場(夜勤のパート)です。



ここについては前にも紹介したので

詳細は省きますが、



実は、ここで働きながらも

他にいくつもの面接を受けてきました。



そして、ことごとく却下されました。



・・・こういう経験も含めて


人がやってくれないなら自分がやるという



再スタートラインに立つことが出来ました。











人生の転機・・・裏話。

どうもです。Tamaです。

先日のブログで人生の転機について
ショートカットした部分を紹介します。


から話が少し戻ります。


今から約2年ほど前のこと
突然!妻が働きに出ると言い出しました。


「え~なんで?」


収入が少ない割には気持ちに余裕
があった私は疑問を感じました。


おそらく妻は私の実家の母親に

何か言われたのかもしれません。

それまでの約1年半、

夫婦で自由人を続けていましたから。


それで、私を説得する最高の方法が

先に自分で働いてみることだったのでしょう・・・・・・・。


・・・あたりです。


ネットビジネスで稼ぐといいながら

たまにパソコンを立ち上げても
動画配信を見ている程度でしたから。


不安にならないわけがありません。


妻の思惑通り

数ヵ月後にはハローワークに通うことになりました。


そこで解った現実は・・・・・・・・。


この国は、なんてチャンスが無いんだろうって思いました。


その当時、独立開業してから15年が経過していたので

世の中の不況は知っていても本当の意味の現実には
気が付いていなかったんですね。


がくぜんとしました。


恥ずかしながら3年半前、私が求職するために
はじめて出した条件は月収35万円以上です。


笑っちゃいますね。


人生経験が認められるなんて思っていたんです。


甘すぎ!


というか、馬鹿すぎ!


ということでハローワークでは月収20万を

条件に出しました。


でも,無いんです。


一軒もありません。


一番高額なのは火葬場の清掃で16万円。


次は、水洗でないトイレの中身の収納?15万円。
(まあ、真空車ですね。)


2,3日考えて、でも、やろうかと思いましたよこの仕事。


けど、すぐに埋りました。


さて、いよいよ後が有りません。


ここまで来るとやりたい仕事ではなくて、
出来るかもしれない仕事を選びました。


例えば養豚業とか、


機械レンタルの営業とか、


でも、面接どころか履歴書を送る前に却下です。


すこしだけ落ち込みました。


自分の持っているスキルがことごとく否定された感じです。


そして、現実を認識しました。


そして、あくる日から私の求職の条件は

月収で12万円に変わりました.


















人生の転機その2・・維新プログラムとの出会い。

どうもです。Tamaです。


これまで、私がやっとネットビジネスの

再スタートラインに立つまでの経緯と

きっかけを紹介させてもらいました。


実は少し、話をはしょっていますが

前置きが長すぎたので

その話はまた少しづつ紹介させていただきます。


さて、実はパートの職場できっぱりと

宣言できた理由があります。


それは


維新プログラムという原田陽平さん

井口晃さんはらいかわてつやさんの

企画するプログラムに参加することを

迷っていたからです。


原田さんは私が東京に住んでいたときに
セミナーで直接お会いしたことも有り、

商材も購入しました。
(もちろんコレクションの一部になっていますが。)


当時、原田さんはまだ会社を立ち上げる前でしたが、

若くて稼いでいるのに決して偉そうではなく、



そしてどこか自信にあふれながら
も謙虚な部分も感じられ好感が持てました。


そのせいか、何も行動していなかった間にも

配信されるメルマガだけは時々目を通していました。


昨年の秋のことです、そのメルマガ
に興味深い件名が付いていました。


『財政破綻を合法的に回避する方法。』


なぜ私がこの件名に興味を持ったかというと
私の田舎が財政破綻をしているからです。


少しだけ話は変わりますが、


私の実家は北海道の夕張というところに有ります。



かつては炭鉱で栄え



その後、メロンがすこしだけ有名になって



現在は財政が破綻してしまっているところです。



数年前、この夕張が破綻することになったころ

私は東京で事業をしていました。



北海道に戻ってきたのもそんな夕張で

何かできないかなと思った部分があるんですね。



それで夜勤のパートも夕張まで通っています。

(はっきり言って遠いんですけど)



でも、前述したとおり何も出来ていなかったんです。



このたびの維新プログラムの紹介ビデオには

衝撃を受けました。



おおよそ、1ヵ月半にわたって

10本以上の長いビデオが送られてきました。



井口さんとはらいかわさんは

このビデオではじめて知りました。



そこには、ここまで暴露してもいいのかな?



と思うようなノウハウや具体的な実践内容が

紹介されていたのです。



ビデオだけに熱さも真剣さも伝わりました。



正直、心は動きました。



ただ、これまでの自分を振り返ると

踏ん切りがつきません!。



天の声が聞こえます。



「もうやめろよ!」とか「無理無理!」とか・・・・・。



当然です!



だからずっと迷っていました・・・・・・・。



迷っていた理由はただ単にお金

がかかるということだけではありません。




これは、120日間で月収を50万円稼ぎ続ける

ためのプログラムなんです!



携帯アフィリエイトで100万円とか、



ブログアフィリで30万とかいう話は良く聞きます。



おそらく、



稼げる人は稼いでいるのだと思います。



長い間、大きく稼ぎ続けている

情報起業家も知っています。


でも、


50万円をコンスタントに稼がせてくれる

プログラムはどうでしょう?



しかも、たった120日で。



『スゴイ!』



というよりも私は恐怖を覚えました。



だって、例えば大学を卒業して月収が50万円

になるまでに何年かかりますか?



職種や会社にもよりますが、



30年勤めてもそこまで行かないことも有りますよね?



それをたった120日で・・・・・・・。



考えに考え、悩みに悩み、迷いに迷い、



それでも



決意出来たのは



今ある状況のおかげだと思います。



だからある意味


この状況に感謝しています。



職場の同僚にはこのプログラムのことは

伝えていません。



ただ、近いうちに起業するとだけ宣言しました。



だから



このブログに訪問してくれている

読者さんに宣言させてください。



今度こそは稼ぐまで、成功するまで



絶対に絶対にあきらめないことを!。

























人生の転機その1


どうもです。Tamaです。



前回の記事で



せっかくいい情報を手に入れても実行しなかった

失敗談をお話しました。



行動しない奴・・・・・・成功しない。



『あたりまえです。』



それでも、いつか真剣にやれば

成功できるんじゃないかなと


根拠のない自身を持ち続けていました。



でも、『いつか』って、いつまでたっても『いつか』ですよね?



さらに2年たってもネットビジネスの結果は何も変わりませんでした。



というよりも行動しなかったと言うほうが正直でしょうか?



この時点で、最初の商材購入から5年が経過しています。



「いったい、いつ始めるんだ!」



『天の声」よりもこのブログを読んでくださる

方々の声が聞こえそうです。


「ごめんなさい。」先に謝っておきます。



実は真剣にネットビジネスに取り組むまでに、

それからさらに1年半かかりました。



つまり、最初の商材購入から実に6年半です。



「あきれましたか?。」



でも、ようやくここまでたどり着くことができたきっかけは?



「いっぱいあります!」



事業の状況が変わりました。

(開店休業に近い状態にしました。)



住まいというより住んでいる場所が

東京から北海道に変わりました。



妻が外に働きに出ました。



そして、自分も会社を経営するかたわら

外で働くことにしました。



今、私は食品工場の機械洗浄という仕事を


夜勤のパートという立場で1年半、続けています。



「これって転落の人生?」タイトル変えろよ。!



いいえ、これがまさに私の成功への人生の始まり、


ネットビジネス落ちこぼれ組みの逆襲につながりました。



実はこのパート、はっきり言ってかなりハードです。


勤めるまでは定年後の仕事のように考えていましたが



同じパートでも20代や30代がほとんどで、

ちからもスピードも正確さも要求されます。



なのに時給は・・・・・たったの800円!



こんな職場に20代や30代の若者が

3年も4年も昇給も社員への昇格も

約束されずに勤め続けていました。



しかも、一生懸命に働きながら。



最初、私は彼らの時給は自分とは違うんだろうなと

思い込んでいました。



でも、同じだったんです、すべての条件が。



「え~なんで?」って、



これが時給制の欠点ですね。



「変です?おかしいです?」



職場の上司に掛け合いました。



彼もその件には納得しながら・・・・・・・。



「自分もサラリーマンだから・・・・・・。」

その上には言えないといういい訳。

(つっかえねーなこいつ!)


こうしたやり取りは1年以上も続きました。



でも結局、なにも変わりませんでした。

(たった一つ、わたしの交通費が1日につき100円増えた他には。)



話は思いっきり脱線していますが、

夢のない職場、使えない上司、


納得のいかない報酬。



だったら



自分がやるしかない!


「納得のいく職場を作ってやろうじゃないか。」



これを若者たちに宣言しました!



これが・・・・・・・・。



私の人生の転機のはじまりです!。


















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












ノウハウ・コレクター続編


どうもですTamaです。



前回の記事でノウハウコレクター

になってしまった失敗談を書きましたが、



買いあさったノウハウはこの6年間で

おおよそ50万円くらいにはなります



だからってこのブログのタイトルと目的は

そのお金を取り返そうって訳ではありません。



私が手に入れた情報には



実際、これはすごいと思うものもあるし



その情報を公開したあと年収1億円をこえた

起業家が何人もいます。



そして、その方々は今でも活躍して成功しています。



最初に手に入れて失敗したと思う情報にも

役に立つ部分が有りました。


もっともそれは最近になって気がついたことですが。・・・



2回目以降手に入れた情報にはいわゆる違法なところや


あやしい部分は有りませんでした。



はっきりいって王道です。



ただ、私にはこのノウハウを実行しつづけるための

マインドがそなわっていませんでした。



より短期間に、より簡単に成功をつかむ方法を求めた

結果がノウハウ・コレクターです。



そんな状態を3年間にわたって続けました。



ノウハウ・コレクター誕生!

はじめましてTamaです。



やっとアメブロデビューを果たすことができました。



『それにしても大それたタイトル!』



「はい、思い切りました!」



タイトルから連想できるのは?


ノウハウコレクター、挫折、生活苦、etc


「はい!そのすべてです。」



長い間結果を出せていない自分をあえて


おちこぼれと表現させていただきました。



その理由はここで自分の現状をさらけ出すことで

結果を出すまで逃げられない状況にセットして置く事の

必要性を感じたからです。



いきなりですが私の失敗談を紹介します。



よくある話ですが6年ほど前、自由な時間と十分な収入

を求めた私はネットサーフィンをしていて見つけた

ある記事に目がとまりました。



『初心者が毎日たった2時間の作業で

月収100万円を稼ぐ方法』



なんとも魅了的なタイトルです。



もっともこのノウハウにすぐに飛びつくほど

当時の私は若くありません。(今もですが)



この情報起業家のメールを購読し

沢山のメールのやり取りもしました。



彼はいつでもタイムリーに、それは丁寧に

メールの返事をくれました。



そんな彼に少なからず信頼感が生まれたのは

言うまでもありません。



ひと月ほどたったころ、彼からまた一通のメールが届きます。



あなただけの『特典』


「うーん欲しい!」と私。



しかも、彼の商材は2部構成になっていて

最初の一部を受け取った段階では返品可能でした。



代金は¥19,800



もちろん、ここで購入。



でも、2部構成ということは一番肝心なところは後半になります。

しかも1部目には魅惑のフレーズがいっぱい並んでいます。



迷わず2部を要求した私です。



そして、



わくわく、どきどき、後半を待ちました。


その日がきてノウハウを読み始めた私・・・・



「何じゃこりゃ!」



そこに書かれていたのは。



1.情報商材を自分で作成してヤフオクで販売する。


.もっと高額な情報を作成して自分のホームページで売る。


3.ヤフオクで販売した相手のリストに自分のホームページ

  のアドレスを知らせてここに引き込む。



わたしはすぐに彼宛にメールを送りました。

「情報商材なんて作れません!」


「それにヤフオクのリストって規定違反じゃ?・・・」



帰ってきたメールに書かれていたのは?



「情報を作っているライターもいますよ!」

「ヤフオクのリストって皆やってますから!」



それは、数日前までに届いたメールとはぜんぜん違った返答でした。



以来、このノウハウを見ることは無くなりました。



そうして、その後の私は



失敗を取り戻そうとギャンブラーが落とし穴にはまるように

次の情報をあさりました。



月収100万円よりも200万円

年収1000万円よりも1億円稼げるノウハウを



次から次へとあさりました!



そして、また一人ノウハウ・コレクターが生まれました。













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