ただの日記ですが・・・2 | 不況からの脱出ネットビジネス落ちこぼれの逆襲!

ただの日記ですが・・・2

 

どうもです。Tamaです。


昨日久しぶりの更新と共に続編を匂わせておいたので


日記の続きを書いています。



母が救急車で運ばれた病院は


規定により3ヶ月での転院を余儀なくされた。



発症直後に医師から聞いていたのは


ホスピスなどへの転院、


表現は悪いが植物状態になる可能性が大といわれて


小心者の自分は数日間を


味わったことの無いやるせなさで過ごした。



それから3ヶ月大方の予想をくつがえして


自力歩行で退院、次の入院先へと向かった。



ここでの目的はリハビリ主体で


自分を含めた家族の意向はたとえ麻痺が残っても


コミュニケーションを取れるようにしたいということで一致していた。



失語症に失行症という後遺症をかかえた母にとっては


ある意味過酷な期待だったのかもしれないけど


施設ではなく自宅で介護ということになれば必須の条件。



それと共にこの病院も3ヶ月しかいられないということで


退院後の対応をせまられた。



数日悩んでみたが最終決断は父親


しかし83歳という高齢の父にすべてを任すということは


その分死期を早める結果にしかなりえないわけで


家族のQOLも考えた上で


施設と自宅介護の併用という手段を模索してみた。




父親としては生まれてから一度も離れたことの無い


夕張に固執していたが状況を再認識



自分ではなく妹の住む町にアパートを借りて住もうか


という考えを持っていたみたい。



正直な気持ちではこれを聞いて自分も安心していた。



いざという時には車で15分ほどで駆けつけることも出来るし


病院や介護施設も充実している。



しかし、この安心もわずか数日


父親の決断が我が家に衝撃を呼ぶことになった。