ただの日記ですが・・・・。
どうもです。Tamaです。
ただの日記ですが・・・・。
今月から始まった両親との同居
そして、半年前には予想していなかった介護生活
2年前に取得してまるで役に立たなかったと思った
ヘルパーの勉強が少しだけ生きてるかも知れない。
いつかも書いたけど
事の始まりは昨年7月に母親が脳梗塞で倒れたことによるもの
自慢話になるけど
倒れた直後に運ばれた病院では一生寝たきりの
言わば生きているだけの状態になる可能性が大という診断だった。
ふつう脳梗塞というと
発症から3時間以内の治療でほぼ全快すると聞いていたので
ショックを感じるよりも
医療機関の対応のまずさに怒りを感じた。
のちにこれは誤解で
母の場合は不整脈が原因の脳梗塞としては重症の部類で
治療までの時間が早くても
回復が見込めないというものらしいと解った。
それにしても一筋の希望も感じさせないほどの
医師の言葉には反発
自分になにが出来るわけでもないのに
こんなクソ病院歩いて退院させてやると心に誓った。
最初のひと月ほどはまるで進展なし
家族や身内はわずかばかりの変化に一喜一憂していたが
まるでコミュニケーションがとれず
右手右足完全麻痺で食事も管を使った得体の知れないもの。
このままヤブ医者の言うままに死期を待つのみなのだろうか?
かすかに光明が見えてきたのはリハビリが始まった2ヶ月目からのこと
78歳という年齢ではめずらしいと
介護スタッフも賞賛するほど運動機能は回復し始めた。
歩行も杖をついた状態から独自歩行、
食事も流動食からはじまりとろみ剤を混ぜたもの
そして3ヵ月後には通常の食事が出来るように回復。
退院時(実際には転院)歩いてこの病院を出ることが出来た。
・・・自分の心の狭さを暴露すると
ヤブ医者には「ざまあ見ろ」と言いたかった。
(仕事で退院に立ち会えなかったのは残念)
もちろん介護やリハビリにあたった
スタッフの皆さんのおかげであることは言うまでもないけど。
ちなみに全快というわけではなく
後遺症として失語症、失行症が残った
しかし回復の力に驚かされたのはこれだけではなかった。