明治東京恋伽 音二郎&芽衣

 

ブラコン椿さんの「世界一ダメなオトコにして」ってフレーズ。

すっごく印象的。

 

でもゲームの中でこのセリフが出てくるタイミングが、ココ?って思ってしまって。

意味を考えているうちに、なぜか音二郎さんに言わせたくなりました。

 

初書きの音二郎さん。

また。鴎外さんでばってきた!?

 

 

***

 

 

 

———音二郎さんは私のどこを好きになってくれたんだろう。

 

舶来物の布物を扱うその店のショーウィンドウに飾られている、フリルのついた日傘を見るふりをして、私はそっと音二郎さんの側を離れた。

ガラスに触れそうな自分の指と手は小さくて、なんとなく柔らかい。女性らしい嫋やかさとは違う、なんだか子供でも大人でもない手。

ガラスにうっすらと写る自分の姿も、なにやら少々足りない気がする。

袴だからスタイルなんてものは余程じゃなければわからないと言えるけど、なんとなく背も足りない気がするし、それ以外にもなんだか足りない。

小さく背伸びをしてみるけど、なんだかアンバランスな気がした。

大人っぽい格好をする?

考えてみるけどれ、揺れる赤いリボンも、矢絣の着物も花の柄の入った袴もすごく気に入っている。

 

首だけ振り返って、ピンストライプのスーツを着こなした音二郎の立ち姿をみやる。

以前から、女の姿でも男の姿でも、ただ歩いているだけで人が振り返る華のある人だったけれど、最近では舞台役者としての知名度も凄まじく、少し街を歩けばたくさんの人が彼の名前を囁き交わす有名人だ。

 

音二郎さんは格好いい。

音奴ねえさんは美しい。

大人で気遣いもできて優しい。

ときどき、喧嘩っ早いけど…そんなところも兄貴肌で人に好かれる。

 

今みたいに、デート中にファンや後援者の人に声をかけられるのだって珍しくない。

デート中だからって挨拶だけですますときもあれば、重要な相手だと、いまみたいに軽く応じることもある。

そんなときに、さりげなく邪魔にならないようにそっと身を引くのだけは上手になった。

そのことで、もうやきもちをやいたりはしないけど。

 

———こんな素敵な人が、どうして私なんだろう?

 

その度に、疑問には思ってしまう。

面倒見のいいお姉さん。

最初の音二郎さんの印象はこれだった。

途中で、面倒見のいいお兄さんにかわったけれど、それは今は大きな問題じゃない。当時としてはすごく大問題だったけれど。

子供扱いをされては、それがどんどん不満になっていった。

そんな鬱屈とした迷いの中にいた日々の中。

 

『おまえは可愛いんだよ』

 

不意に、耳の奥に蘇る囁き。

思い出すと、むず痒くて、ぎゅっと目を閉じたくなる。実際、私は目を閉じた。

 

それは、それまでの軽い調子で幼い子に言うような『可愛い』じゃなかった。

特別な『可愛い』。

それから、そのあとにされたこと…

 

思い出してしまって、頰が熱くなるのを感じる。

 

(いやいやいや、思い出して赤面するなんて、私やらしい…煩悩退散。煩悩退散…)

 

「煩悩退散?」

 

頭を振りながら、煩悩退散を唱えていると、不意に間近で知った声が不思議そうに私の頭の中を読んだ…たぶん、頭の中が声に出てしまっていただけだけど。

 

「え?」

「鴎外さんっ。何やってるんですか」

 

少し離れたところから、もう一つの知った涼やかな声が、咎めるように私の近くの人を呼ぶ。

目を開けると、すぐ視界の端に赤い髪が目に入った。

ばっと、横を向くとショーウィンドウのガラスの隙間から私を覗き込むシャンパンゴールドの優雅な光。

 

「鴎外さん?」

「やぁ。子リスちゃん。何をしているんだい?煩悩退散とはどうしたことだ?」

「い、いえ…それは大したことじゃないんで、忘れてください。鴎外さんこそ何をされてるんですか?」

「僕は、おまえの姿を見つけたので声をかけようと思ったのだが、あまりにも百面相をしているのでつい見入ってしまった」

「鴎外さん、距離が近すぎますって」

 

まだ、私と顔を付き合わせるように屈みこんでいた鴎外さんは近寄ってきた春草さんの声に振り返る。

 

「実に愛らしかったから、つい。そんなに近づきすぎていただろうか」

 

なんて鴎外さんは至極満足げだ。

 

「ところで、本当に君はこんなところで一人で何を騒いでたの」

「騒いでは…いなかったと思いますけど」

 

ブツブツと独り言は言ってたかもしれないけど。

 

「動きと表情が騒がしかったから」

「………えーっと、音二郎さんとお出かけ中なんです」

 

真面目な顔の春草さんの言葉は、そっと流すことにして答えながら、少し離れたところで後援者と話している音二郎さんを見ると、春草さんも鴎外さんもそちらを見た。

音二郎さんが一瞬こっちを向いたので、鴎外さんはひらひら手を振って見せている。

私は、音二郎さんが眉を寄せたのが見えて、大丈夫ですよって微笑みながら目配せした。

 

「川上さんしっかり捕まってるね」

「本当に、彼は今や時の人だね。それにしてもあのご婦人方の視線の熱いこと…子リスちゃん。大丈夫かい?」

 

心配気に鴎外さんは瞳を揺らす。

 

「大丈夫ですよ。音二郎さんのファンがたくさんいるのは嬉しいです」

「それにしては難しい顔してたけど、何?お腹でもすいたの?」

 

春草さんのその発言は、乙女としては少しだけひっかかるところがあったけど、春草さんがこんな風に声をかけてくれること自体が彼の気遣いだって知っているので、私はそれに乗っかることにして笑ってみせる。

 

「はい。それは、少しだけ」

「…………そう。今、あんぱんを買ってきたところだけど、食べるよね。鴎外さん、この子にあげてもいいですよね」

「あぁ。それにしても川上君は悪い男だね」

「ワルイオトコ?」

 

音二郎さんの方を見ていた鴎外さんがクスリと笑みをこぼす。

 

「ほら、あのご婦人たち。音二郎くんとなんとかお近づきになりたいという様子だったが、うまくかわしているようだね『ぜひ、一度、このあいだの舞台の感想を聞いていただきたいわ』『今度の舞台も決まって…そちらの稽古が始まってるんです』」

 

突然、鴎外さんは何やら声音を変えて話し始める。

どうやら、音二郎さんたちの会話を真似ているらしい。

少し距離があって話の内容は私には聞こえてはこないのだけど。

鴎外さんには聞こえるんだろうか?

 

「え?わかるんですか?」

「ふふふ。僕のような者にもなるとだね、読唇術なども嗜むのだよ。『まぁ。それは、もちろんぜひ行かせていただきます』『そちらの舞台にも、貴方たちのような熱心な方に来ていただけると思えば、僕も一層満足いただけるように演技に磨きをかけなければいけませんね』『もちろん、応援しておりますわ』といった具合だろうか…」

「鴎外さん、すごいですね!」

 

私は思わず感嘆の声を上げてしまう。

鴎外さんはそんな私を見て、得意気に、どこか悪戯な瞳をして私の手を恭しく持ち上げて優美に微笑んだ。

 

「ぜひ素敵な貴方のために…」

 

額を手の甲に当てるような仕草をされて、私はあわてて音二郎さんを振り向くけれど、音二郎さんはそんな仕草はしていなかった。

 

「っ?」

「鴎外さん。読唇術なんてできましたっけ?特に最後のところ俺には『ありがとうございます』に見えましたし…」

 

春草さんが訝しげに鴎外さんを見ると、鴎外さんは春草さんに向かってにっこり微笑んだ。

 

「まぁ、ほら、だいたいそんな具合だろう。ご婦人方のご機嫌を損ねず、嘘偽りを言わずに相手方の要求を華麗にかわし。次の舞台に来る約束までをとりつけた。なかなかの手腕と言わざるを得ない」

「………音二郎さん、はったりは得意ですけど、嘘や社交辞令は言わないですから」

「そうそう、そこで断ったり、嘘でも約束などしてしまうと次に会ったときに厄介だ。そこをわかっているとは、なかなか悪い男だとは思わないかい?もちろん。褒めているのだよ」

「そうなんですか…?」

 

『悪い男』っていうと、女の人を騙す男の人のイメージだ。

音二郎さんは、女の人を騙しているわけじゃないと思う。男の人はときどき騙しているようだけど。

でも、なんとなく鴎外さんの言わんとすることも分かる気がする。

なんて考え込んでいたら、ぐいっと肩から抱き寄せられた。その拍子に鴎外さんに握られたままだった手が離れた。

見知った感触にそちらを向くと、ちょっと青筋を立てそうな音二郎さん戻ってきて私を引き寄せていた。

 

「芽衣。待たせたな。森さん、菱田。こんなところで出会うとは奇遇じゃねぇか…」

 

音二郎さんは威嚇するように、二人の様子を伺う。

 

「はは、川上くん。次の舞台。僕も期待しているよ。じゃあ、我々はこれで」

 

鴎外さんはにやりと笑うと、

 

「子リスちゃん。天下の色男もおまえの前では骨抜きのようだね」

 

鴎外さんは去り際に、私に囁いて春草さんを連れてあっさりと去って行ってしまった。

 

「おい、芽衣。今、森さんに、何を言われたんだ?」

「えーっと、なんだろう。よく意味がわかりませんでした…」

「はぁ?なんだそりゃ。じゃあ、その前は何をされてたってんだ?」

 

なんだか問い詰めるような音二郎さんの視線が鋭くて、少し怖い。

 

「ただの、立ち話ですけど…音二郎さんのことを褒めてらっしゃいましたよ……(たぶん)」

 

私は、ちょっと考えてそう答えた。

たぶん。の部分は言葉にはしなかった。

音二郎さんは、その答えに納得してくれたのか、私に近づけていた顔を少し引いいた。

 

「そっか、まぁ。それはそれで、いいんだけどよ。それにしても随分待たせちまったよな。悪かったな」

「いいえ、大丈夫ですよ。音二郎さんが人気者だってことは私も嬉しいです」

 

にっこり笑ってそう答えると、音二郎さんはどうしてか一瞬眉をひそめた。

それから、音二郎さんはショーウィンドウの中の舶来物のフリルのついた傘や綺麗なリボンを指差す。

 

「なぁ、芽衣。随分熱心にこれ見てたみてぇだけど、欲しいのか?」

「え、いいえ」

「待たせた詫びに、買ってやる…」

 

私が首を振ると、音二郎さんは憮然とした表情になって私の手をひいて店へ歩き出し、半ば無理やりにリボンやレースのハンカチを買ってくれた。

 

 

***

 

 

あの後、私たちは牛鍋を堪能して、街歩きを楽しんだ後、部屋に戻ってきていた。手には、たくさん買い物した袋。

ほとんどが私の物だ。

お菓子に、装飾品に、私に似合うと音二郎さんが選んでくれた紅や国産の香水までもがある。

私が強請ったわけじゃなくて、音二郎さんが買うと言ってリボン同様の強引さで買ってくれたのだ。

途中で反物から着物を仕立ててくれようとしたのは、なんとか思いとどまってくれた。

嬉しくないわけではないけど、なんだか戸惑ってしまう。

普段から気前はいいけれど、今日はどうしたと言うのだろう?

 

「ふぅ…」

 

買った物を下ろした音二郎さんが、息をつく。

 

「あ、お茶、いれますね」

 

そう言って、立ち上がろうとした手は、音二郎さんに捕まえられた。

 

「いーから、ここ座れ」

 

示されたのは、音二郎さんの胡座をかいた膝の間だった。

 

「えーっと」

 

畳に座った音二郎さんがじっと私を見上げてくる。

 

「はい」

 

なんとなく、甘えたような顔に私はおとなしく、そこに座った。

腰を抱かれて、肩に音二郎さんの頭の重みがかかる。

この体勢は、少し照れてしまうけれど、触れ合っているのは嫌じゃない。

 

「疲れちゃいましたか?」

 

やっぱり、今日は少し雰囲気がおかしいと思うのだけど、なんと聞いていいかわからなくて私は当たり障りのないことを聞いてみた。

 

「いや、おまえは疲れちまったか?」

「…大丈夫ですよ」

「じゃあ、楽しかったか?」

「はい。とても」

「本当に?満足…したか?」

 

やっぱり何か変だ。

私は、念のために彼の額に指を触れてみる。

さきほど帰宅して、外気にさらされたばかりの指では温度はよくわからなかった。ちょっと迷って、額をくっつける。

 

「っわ!?」

 

音二郎さんが、驚いて顔を上げる。

 

「あ、ごめんなさい。熱でもあるのかなって」

「…………熱なんかねぇよ」

 

勘違いなのかと思うけど、私の心に芽生えた不信感はぬぐえない。

 

「なんだって突然そんなこと思ったんだ?」

「なんだか、音二郎さん様子がおかしいから」

 

直接、音二郎さんの瞳を覗き込んでそう言えば、音二郎さんは苦悶の表情を浮かべる。

 

「やっぱり、具合が?」

「体は、大丈夫だ…っていうかよ。もっかい聞くけどよ、本当に満足したか?」

「はい…満足ってゆうか、牛鍋をご馳走になって、その上こんなにいろいろ買ってもらって、ちょっと贅沢しすぎかなって現実感がないくらいです」

「そっか………あぁ。うーん。なぁ、おまえさ、俺と出かけて俺がいろいろ声かけられっとさ、すっといなくなんだろ?」

「あ、はい…」

「あれ。なんでだ?」

 

音二郎さんは、紫の瞳を深い色にして尋ねてくる。

 

「邪魔かな。と思って」

「…………邪魔じゃねぇよ」

「え?」

「じゃあ、隣にいるのが嫌だってわけじゃねぇんだな?」

「はい。そんなことは全く」

 

慌てて否定すると、音二郎さんは口の端をあげて少し微笑んだ。

 

「おまえが、俺のためだって俺から離れてたってのはわかってんだが、おまえは、そーゆうの見て、やきもちやらも、やかねーのか?」

 

「最初の頃は…やいたりもしたことはあります。でも、後援者やファンは大事ですから」

 

鴎外さんにも言ったけど、そういう人は大切にしなくちゃいけないと思ってる。

人気商売だから、話や演技、演出がいいのはもちろん、もともと魅力的な音二郎さんの普段の人となりも好きになってもらえるに越したことはない。

最初のころは、それにやきもちやいたことだってある。

だけど、そう思えるようになったのは、音二郎さんが普段から私を大事にしてくれるおかげでもある。

 

「そっか…」

 

つぶやきながら、音二郎さんは照れたように視線を外した。

 

「おまえは、本当にいい女だよな」

「っ…そう、ですか」

「あぁ。だけど。今度から、そーゆうときも隣にいろ」

「でも、そんなことしたら後援者の方々と話づらくないですか?」

「ない…ってか、おまえは俺の嫁になるんだろ。堂々としてろ。変なこというやつがいるかもしれないが、最初だけだ。そんなやつらからは俺が守ってやる。俺はおまえのこと婚約者だって、ちゃんと説明してーんだよ」

 

最後はかすれるような声だった。

はっきり言われて、嬉しさがこみ上げてくる。

こんな風にはっきり隣にいていいと言われると、それまで私のどこが好きなんだろう。とかゴチャゴチャ考えていたのが飛んでいく。

好きは好き。

そう思っていていいって、言ってもらってるみたいに感じた。

 

「はい」

「それに、あんな風に離れてたら、おまえにちょっかいかけるヤツがいても、すぐに守れねぇだろ」

「は?」

「…おまえは、俺にやきもちやかねぇらしいが、俺はやく。おまえが森さんやら菱田やらにかまわれてると、むかむかする」

「!?」

 

音二郎さんの切れ長の目がじっと睨んでくる。

睨んでくるけど、怖くない。

 

———音二郎さんが、やきもち。私に…?

 

つい、嬉しくて顔がほころぶ。

 

「もしかして………音二郎さん。今日いろいろ買ってくれたのって、やきもちやいたせいですか?」

「………。そう、だよ」

 

音二郎さんは、しばらく言葉を探したけど、何も見つからなかったようで最後にはそう認めた。

 

「物で釣ろうなんて情けねぇけど、それしか思いつかなかったんだよ」

「だから、無理やり…」

「っ。わりぃな…とにかく、ぐずぐずに甘やかしてやんねーと気が済まなかったんだよ。だけど、やりすぎたよな」

 

ちらっと、積み上げられた袋を見て我に返ったように音二郎さんは眉を寄せた。

 

「まぁ、買っちまったもんは仕方ねぇ。おまえはいっつも遠慮して、大して物も欲しがらねぇからよ。たまにはいいだろ」

 

そういて、音二郎さんは朗らかな笑みを見せた。

 

「ふふ…ありがとうございます」

 

明るい音二郎さんの笑顔が好きだ。

胸の奥から幸せで安心できる。

音二郎さんといると、幸せ…そう感じていたら、少し思いついたことがあった。

 

「あ、でも…甘やかしてくれるんなら…」

「なんだ?この際だ、なんだってねだっていーぜー」

 

これは、さっき考えていたのとは違って、私の甘いおねだり。

音二郎さんは、ねだられるのが嬉しいと顔に書いて、私を見てくる。

 

「じゃあ、あの…音二郎さんは、私のどこが好きなんですか?」

 

思い切って尋ねてみると、音二郎さんは少しだけ首を傾げて視線をそらした。

それから、えいっと私を抱え上げると少し位置をずらして向き合わせになるように角度を変えさせた。

 

「……っ」

「おまえは可愛い。普段は無邪気で大胆なことしやがるのに、俺のことばっかり考えて、俺のためにって自分をひくこともできて、一生懸命尽くしてくれる」

 

コツンと額を合わせて、紫の瞳に縫いとめられる。

 

「いつもな、女なんてほどほどに関わってりゃいいもんだって思ってたんだよ。なのに、おまえはそんなだったからな。気づいたらほだされちまってたんだ。だからどこが好きかって聞かれてもな…」

 

いつもの口調。

なのに、語る声も視線も熱い。

 

「まぁ。こうなっちまうとな、どこがなんて言えねーんだよ。なんだって可愛いと思っちまうし、なにしてたって気になるし、どうにしたって離せねぇんだよ」

 

熱の入った芝居のセリフをその役に入り込んで読むように、今は音二郎さん自身の心が言葉に込められる。

 

「言ってみりゃ全部なんだよな」

 

ふっと音二郎さんは諦めたみたいに笑って、そっと私の前髪をすいた。

その指が猫を甘やかすみたに、私の輪郭をたどる。

 

「なぁ。俺はさ。自分のしたいことばっかりやってる。もともと立派な人間じゃねーのは知ってたけどな。おまえといると、今日みたいに…もっとどうしよもなくなるみてぇだ」

 

言いながら、肩に回された手に力が込められる。

 

「俺は、おまえに世界一駄目な男にされちまう」

 

あざけるふうに言いながら、音二郎さんは満足そうに瞳を甘く細める。

私は、それを受け止めて愛しさで胸をいっぱいにした。