慶喜さんも、一見には軽薄キャラにされる。。。ときありますよね。
さっきあげましたお話の、艶が〜る。
慶喜さんver
久々の
花里ちゃんと菖蒲さんの話し方、思い出せませんでしたーーーー
***
「ほんに、美味しかったわぁ」
おっとりとした京ことばで花里ちゃんが満足気に息を落とす。
私もにっこりしてそれに同意した。
「ごちそうさまでした、菖蒲さん」
「菖蒲ねぇさん。おおきに」
「うん、ええのよ」
菖蒲さんはそういって艶やかに微笑む。
稽古や用事もすんで、のどかな春の昼さがり。花里ちゃんと私は菖蒲さんにお菓子をご馳走になっていた。
「おや、美女が3人お揃いだね」
のんびりとお茶を飲んでいると、開きっぱなしの廊下から落ち着いた声がかかった。
「慶喜さん。いらっしゃってたんですね」
私は、その声の主が顔を見るよりも先にわかっていて。振り返りながら、喜色を抑えられず顔をほころばせた。
「あぁ。はは…邪魔してるよ」
鷹揚に部屋に入ってきた慶喜さんは、私の隣に腰を下ろした。
「ところで、3人集まって何を話していたのかな」
「ちょうど稽古も終わったし、今日は夜まで座敷もなしいで、一服しとったとこどす」
「慶喜はんは、秋斉はんのとこに来はったん?」
「いや。今日は、秋斉に用はないんだ。◯◯に会いに来たんだ。もし、時間があったら街に甘味でも食べにいかないかと誘いにきたんだけど。食べ終わったところのようだね。一足遅かったかな…」
「行きます!」
慶喜さんが言葉を言い終えるまでに、私は被せるように答えてた。
「ふふ。◯◯はんったら、そんな勢いよう」
コロコロと鈴みたいに可愛い花里ちゃんの笑い声に、私は少し恥ずかしくなってうつむく。
「はは。それはよかった。3人で楽しそうにしているところを邪魔だったかと思ったが」
「ええんどすよ、慶喜はん。それに女の子は甘味やったらいくらでも食べられますさかいに」
にこにこ…ニヤニヤ?からかうみたいに私を見ながら、代わりに答える花里ちゃんをつついて、食いしん坊みたいに思われてないかって心配になって言葉を濁した。
「そ、そんな…そうだけど…」
優しい笑顔で私を見る慶喜さんを前にして、なかなかそれ以上の弁解はできなかった。
絶対、食いしん坊だって思われてる。
だけど、全部言うのは恥ずかしいし。
「うふふ。そやね。気になってる旦那はんと行く甘味は別腹やね」
私の前に座った菖蒲さんの言葉に、私はビクリと体を揺らした。
「じゃあ、おまえが良いのなら、最近出来たという美味しい甘味処を人に聞いてきたんだ。そこに行こうか」
「はい…」
「菖蒲と花里にもお土産を買ってくるから、楽しみにしておいて」
「おおきに、慶喜はん」
瞳を期待にキラキラさせる花里ちゃんを見て、慶喜さんは表情を和ませる。
「ははっ…花里は、本当に甘味ならいくらでも食べられそうだねぇ」
「いくらでも大歓迎どすえ」
「はは。かわいらしいね」
「いややわ〜慶喜はんは口もお上手やわ」
慶喜さんの言葉をあっさりと受け流す花里ちゃんは、すごいなと思う。
「いつもおおきに。◯◯はんをよろしゅうたのみます。ゆっくりしておいでやす」
「うん。ありがとう。あぁ。菖蒲。その簪。素晴らしいね。おまえによく似合ってる」
さらっと慶喜さんは菖蒲さんのことも褒める。
菖蒲さんは、瞳を嬉しそうに細めた。
「うふふ…わてを贔屓にしてくれはる方からの贈り物なんどす。心を込めて贈ってくれはったものやから、嬉しいおす」
上品に口元を隠す菖蒲さんは、視線だけで男の人に熱を上げさせることができる。
こんな言葉を聞いたら、菖蒲さんの他の旦那さんはやきもちをやいてしまうかもしれない。
「あぁ。菖蒲にそんなふうに言われたら、贈った旦那も喜んでいるだろうね。何か贈りたい気持ちになるな」
「ふふ、おおきに。せやけど、わては甘味で十分どす。どうせやったら◯◯はんに」
「うん。もちろん。◯◯、甘味屋の行きにでも、ぜひ贈らせておくれ」
「そんな…このあいだ贈り物をいただいたばかりですから…あっ。そうだ。慶喜さん。私少し準備してきます。少しだけ!少しだけ待っていただけますか?」
「うん。いいよ。いっておいて」
「はい」
私は、出かける準備のためにあわてて部屋に戻った。
***
歩幅の大きい慶喜さんの隣をゆったりと歩く。
江戸時代。この時代の人の移動は歩くのが基本なだけあって、一様に足が速い。
なのに、私が普通に歩けるということは、慶喜さんが調整してくれているのだ。
そう気がついたのは、けっこう前の事だ。
ちらりと、その端正な横顔を盗み見る。
こうやって、連れ立って歩くのも何度目になるか。
慶喜さんに拾われて、置屋へ預けられ、毎日は会えないけれど、慶喜さんはこうやって私に会いに来てくれる。
ときどき長い間会えなくなることもあるけれど、いろんな事情があるのだろう。
こうやって忘れずに会いに来てくれていることだけでも、ありがたいと思う。
そして、それが嬉しい…。
今日も、久々に慶喜さんに会えて、どこに誘われるかよりも慶喜さんと出かけられるということだけで嬉しかった。
盗み見ていたつもりが、いつのまにかじっと凝視してしまっていたみたいで、横顔の慶喜さんの目が、ちらっと私を向いて、楽しそうに唇の端を持ち上げた。
「どうしたんだい?そんなに見つめて…」
「あ。ごめんなさい」
「いや、いいんだけどね。でも、あんまり見つめられたら、お前に惚れられてると勘違いしそうだ」
軽い冗談に、私は真っ赤になって俯いた。
「はは。そんなに照れなくてもいいじゃないか。お前は本当に愛らしいね」
「っ………」
歩きながら切れ長の綺麗な瞳が私の顔を覗き込んでくる。
「ふふふ」
そうして、慶喜さんは抑えきれない笑みをこぼす。
まるで、私の反応をうかがってからかってるみたいだ。
「ほら、顔をあげて。かわいい顔を見せておくれ」
「…もう。慶喜さんは。すぐそういうことを言う」
慶喜さんが私に…女の人に優しい言葉をかけるなんていつものことだ。
女の人だけじゃなくて、置屋の男衆の人にも優しい言葉をかけるのも普通のこと。
だから、意識しちゃダメ。
そんなに、舞い上がっちゃダメ。
私は、自分にそう言い聞かせる。
「本心なのだけどね」
小首を傾げる仕草は、大人の男の人なのにかわいい。
大人で優しくて、余裕があって、洗練された所作に、綺麗な顔。魅力的な声。
そんな人に、かわいいとか。愛しいとか。おまえに会いに来た。とか言われて、意識しないほうが無理だった。
「………」
「ん…信じてない顔だねぇ」
「……だって」
みんなに優しいんですもん。
と、言えなかった。
みんなに優しい慶喜さんのことがイヤなわけじゃない。
なのに。
ときどき、自分だけを特別に。って思ってしまう。
そんな自身の心の醜さがやるせない。
「私なんか、可愛くないですよ」
「おや…何を言ってるんだい?おまえは、こんなに可愛いのに」
「そんな…」
「俺は、こんなに、可愛い娘。他にいないと思ってるよ」
慶喜さんが、ポンと優しく私の頭をなでる。
子供を慰めるような仕草に、やっぱり。と胸がつまる。
「………おや、信じていないね」
どうしても笑えずにいると、慶喜さんが少しだけ表情をかげらせる。
「◯◯は可愛い。とても可愛い。一番可愛い」
慶喜さんは、歌うようにそう言う。
嬉しいはずの言葉に、私はどんどん拗ねていく。
「いっぱい言い過ぎです。そんなにいっぱい言われると…なんだか可愛い。が、軽いです」
「あぁ…」
慶喜さんが、納得したようにひとつ頷く。
「ふふ、そうか………いいのかい?本気になっても?」
笑みを落とした慶喜さんが、突然私の腕を引いた。
あっと言う間に建物の影に連れ込まれて、慶喜さんは壁際に私を追い詰めて顔の両側に手をついた。
いつもの気安さをひそめた、深い落ち着きをたたえた瞳が、まっすぐ私を見つめる。
ゆったりと腕を折り曲げて、慶喜さんは肘まで壁に添わせた。
そうすると、顔と顔が触れそうな近さになる。
息をするのもはばかられる距離で、私は慶喜さんを直視できない。
「◯◯。俺は本当におまえが可愛くって仕方ないんだよ。置屋で俺を見た嬉しそうな顔も、俺と出かけるのを喜んでくれたおまえも、本当に愛おしい。それから、さきほど、俺のために支度を変えてきてくれたおまえがたまらなく可愛いかった」
私が逸らした顔の横で慶喜さんが囁くように耳に言葉を吹き込むと、背筋がゾクゾク震える。
「そうそう。俺の贈った櫛をつけて来てくれて嬉しかった」
慶喜さんの爪の先まで綺麗な指が、私の櫛を飾った髪を撫でた。
「そうだ、内緒にしてたこと、教えてやろう」
知りたいかい?と、蠱惑的な瞳が私の胸を締め上げた。
「櫛を贈った意味。受け取った意味。おまえは知らないだろう?」
涼やかな香りの胸元に抱きしめられた。
鼓動が限界まで速まっていく。
「この櫛は俺がおまえを愛しいと思う、独占欲の表れなのだよ」
優しい甘い声は、甘味よりも甘く私の芯まで届いた。