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「いらっしゃいませ」
私が笑顔で、甘味屋に来た慶喜さんを迎えると、慶喜さんもにっこり微笑んで応えてくれる。
再会からしばらく、将軍になることを目的としていたわけではない慶喜さんは、将軍にならないことが決まった今でも、その役職とは別に毎日忙しくしている。
町にも不穏な噂が漂うこともある。
日本を取り巻く状況は優しいものではないそうだ。
やはり私が直接に慶喜さんの仕事を手伝ったり、口を出したり出来るわけではないけれど、以前のようにべったりと慶喜さんのお屋敷に身を寄せさせてもらうという形ではなく、急がずに私は慶喜さんに寄り添っていた。
注文の品物をもって、慶喜さんのところに戻ると、慶喜さんの隣に沖田さんが座っていた。
二人はにこやかに談笑をしている。
「あれ?お知り合い…だったんですか?」
「いや、今日初めて会ったんだよ」
「はい。今はじめて………でも、こちらが揚羽さんの片恋のお相手だったんですね………」
「片恋………っ。お二人で何の話をしてるんですか」
私は、初対面の二人が話していた内容に自分が含まれていて、少なからず慌てた。
「いらっしゃらないところで噂話なんてすいません。だけど、このあいだ、土方さんから揚羽さんのところに迎えの男の人が来たって聞いて。色々心配したんですよ。揚羽さんが居なくなってしまったらどうしようとか…でも、そんなこともなく、慶喜さんも、とても優しそうな方で安心しました。揚羽さん。よかったですね」
沖田さんの純真な笑顔が私に向けられる。
「沖田くんといい、このあいだの土方くんといい、揚羽はここで大事にされているんだね」
「そうですよ。揚羽さんはこんなに優しい人ですから、みんなからとても人気があるんですよ」
「………それはよくわかる。このあいだ土方くんには娘を嫁がせるのを反対する父親のような目でみられたからね」
慶喜さんは、そのときのことを思い出しておかしそうに笑った。
「あぁ。あの人はもともと普段が怖い顔なんです。でも負けず嫌いで子供っぽい顔したりして可愛いところもあったりするんですけど…基本怖い顔です」
「あぁ~そうなんだ」
「沖田さん…二回も言わなくても…土方さん、とてもいい人ですよ」
神妙な顔でそう説く沖田さんに慶喜さんはそうなのかと頷いている。
さすがに私も、助けを出したくなって口を挟んだ。
「ん…でも、その相違にやられちゃったりする女の人を泣かしてそうだよね。だから、揚羽、あんり近ずいては駄目だよ」
「そうですよ揚羽さん」
二人の気の合った様子に苦笑しながら二人の話を聞いていると、私の横から影がさした。
そちらを見ると影の原因―――背の高い男の人が真横に立っていた。
「誰が、怖い顔だって?」
「あれ。土方さん。お団子を食べに来たんですか。お団子美味しいですよねって話ですよ」
「負けず嫌いで子供っぽいのは、おまえのことだろう」
「お団子美味しいですよね。慶喜さん」
「そうだね。本当、ここのお団子は美味しいよね、沖田くん」
沖田さんはしれっとした顔で、会話を噛み合わせない。
「何、仲良くなってんやがるんだか」
眉間に皺を寄せた土方さん…沖田さんと慶喜さんの悪戯っ子二人が揃うと手に負えないらしい。
「まぁ。そんな怖い顔しないでよ土方くん。土方くんもお団子どうだい?」
「そうですよ、慶喜さんはよい方ですよ」
「総司は団子で懐柔されたのか」
「確かに、お団子もご馳走になってますが、その前にお話しして言い方だって思いましたよ。それに、とてもかっこいい人ですね。揚羽さんとお似合いです」
最後のところは、私を見て沖田さんは言う。
「………っ」
「ははっ、ありがとう」
慶喜さんは、目元を染める私を見て嬉しそうに笑う。
「否定しないのかよ」
「うん?そうだ、揚羽。沖田くんと土方くんにもお茶とお団子の追加をお願い」
「はい」
私は、これ以上ここにいると、ますます恥ずかしいことになりそうで、慶喜さんの言葉に従って奥にひっこんだ。
***
その姿を見送って沖田くんが真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「でも、本当によかったですね。再会できて」
「うん」
「幸せですね」
「そうだね。本当に………」
奥にもどった揚羽の後ろ姿を目で追いながら、俺は自然と微笑んでいた。
「揚羽さんも幸せそうでよかったです」
「うん。揚羽は、幸せにならないと」
「…幸せにしてやるって言わねぇのか」
土方くんが、墨を入れた役者のような切れ長の目で俺を見る。
「うん?」
(やだな目端の利く人は)
「もちろん。だよ」
そう答えてにっこりと微笑んだ。
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