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その日の夕刻少し前、予定通りの時間に屋敷に帰ってきた慶喜がその日のことを話しに部屋にやってきた。
少し疲れた顔をしている。
 
「わかった。それじゃあ、そのように報告しておく」
「うん。よろしく」
 
慶喜との話を終え、俺は外出の為の羽織を手にとった。
 
「秋斉、また出かけるの?このところ毎日のように、甘味屋に通ってるらしいけど……」
 
短く、出かけるとだけ返事をすれば慶喜は好奇心と疑いを混ぜた表情で俺が準備をしているのを見ている。
 
「………いい人でもできたの?」
「昔の知人に会っている。それだけだけれど」
 
そっけなく答える。
このところ何日も続けて俺が甘味屋に通っていることを、慶喜はそろそろ焦れて知りたがる頃。
本当はもう少し早くに気にして様子を見に来るだろう目算だったのだけど………意外と慶喜は動かなかった。
この話題も、今日が初めてだ。
 
「いやいや、おかしいでしょ。ここのとこ毎日だよ。それに、毎日俺に土産まで買ってきてくれるなんて………秋斉らしくない」
「そうかい、でもせっかく買って来たんだ、食べるだろう」
 
笑みをにじませて答えれば、何か怖いものをみたように顔をひきつらせる。
 
「食べるけど、さ………その熱の入れようはさ、本気なのかい」
 
怪訝な顔で眉をよせる慶喜には答えず、俺は襖に手をかける。
 
「じゃあ、出かけてくるよ。今日の甘味はその風呂敷包みにはいっている」
「今日、二回目なの?知人なんて…うそでしょ。………………うん。そっか……アリガト、いってらっしゃい」
 
どこか拗ねたような慶喜の声を聞きながら部屋を後にした。
屋敷の門をくぐり外に出て少し歩くと、夕焼けの赤さに全身を染めた揚羽の姿はすぐに見つかった。
 

***
 

秋斉の出て行った部屋に取り残されて、どこか虚しさのような羨ましさのような気持ちを感じる。
今の秋斉の様子は、おかしい。
 
(あんな…誰か………俺以外に執着する秋斉、見たことない)
 
「あの様子。あまり根掘り葉掘り聞くのも、野暮ってもんだよね」
 
気分を変えようと、このところ秋斉が毎日買ってきてくれる甘味に手を伸ばす。
軽く風呂敷に覆われたそれを、開けばすっかり見慣れた竹皮に包まれた甘味の脇に、コロリと半分転がる薄紅と白の階調も美しい牡丹の細工。
 
「…………っ」
 
俺は、息をするのも忘れてそれに見入った。
永遠の一瞬の後に、その簪を持って部屋を飛び出した。

 
***