ここからのお話。

史実的な物を調べきれず。。。です。

 

十三代将軍の後継が徳川慶福さまに決定

慶喜さん一派は失脚

活動制限中につき、ちょっと暇

 

という経緯で書いてます。

 

 

 

***

 

 

ここ数年、慶喜さんは精力的に活動をしているようだった。
だけど、つい最近。町には十三代将軍の継嗣が徳川慶福さまに決まったという情報が流れてきた。

やはり慶喜さんは次期将軍さまにはならなかったのだと、私は確認した。
 

私の記憶では、慶喜さんは十五代将軍さまになる。
これから、どうやってそうなっていくのかの経緯までは知らない。
だけど、現状としては慶喜さん一橋派は勢力を落としているという話だ。
慶喜さんは、どうしているだろう。
空を見上げて思いを馳せても、慶喜さんがこの先にどう動いていくのかなんて、私には想像もできなかった。
ただ、想いが胸を締め付ける力だけが強い。


あれから、私自身は江戸の外れの甘味屋で住み込みで働いていた。

 

「こんにちは」

 

昼下がり、お店が少し暇な時間。
店先からかかった声に私は明るく応じた。

 

「はーい」
「お団子四本お願いします」

 

店先まで出ると、声からの予想どおりに、ニコニコ笑う沖田さんの姿があった。

 

「はい。一人ですか?」
「はい」
「お団子四本も?お昼ごはん食べられなかったんですか?」

 

沖田さんは、私がいろいろとお世話になった剣術道場の人で、若くて優しい風貌には似つかわしくなく、腕が立つそうだ。

 

「そんなところです」
「気に入らねぇで、残したんだよな。それで、団子で紛らわせようとするなんて、ガキか、おまえは」

 

沖田さんの後ろから暖簾をくぐって姿を現したのは、切れ長の目が鋭い土方さんだった。しょうがない奴だと沖田さんを笑う目元が柔らで、印象が変わる。
土方さんも沖田さんと同じ道場の人。
江戸で途方に暮れていた私の世話をして、このお店で働くように紹介してくれたのは土方さんだった。
 

二人はよく連れだって店に来てくれる。

 

「だって、ネギは嫌いだと言っているのに、あんなにネギだらけのネギだけうどん。食べれたものじゃありません」
「好き嫌い言ってるから、いつまでたっても細っそいままなんだ」
「背は伸びましたよ!ほら、このとおり、力こぶだってできます」

 

なんて腕まくりをして見せる沖田さんと、腕を組みつつそれを見る土方さん。賑やかな二人を見ながら私は微笑んでいた。

 

こんな光景も見慣れたものだった。
私はここで穏やかな生活をおくっている。
ここはすっかり私の居場所になっている。

 

だけど、微笑みながら、この穏やかな空気の中にいて、なお、私は慶喜さんの事を考える。
いまだに疼く胸。
私の本当に居たいのは、慶喜さんの傍だった。

 

 

「またそんな顔しちまって」

 

遠いところを見つめてしまった私を気遣うように、土方さんの声がかかる。

 

「あ、ごめんなさい」
 

「揚羽さん。また、例の人を思ってたんですか?」

 

沖田さんにたずねられて、私は困って笑った。
長い付き合いの中で親しくなれば、それはもう身内のような感覚になってく。
土方さんも沖田さんも私が誰を思っているのかまでは知らないし、無理矢理には聞き出そうとしないけれど、やっぱり心配してくれて、ときどきこんな感じで様子をうかがってくれる。

 

「うん。いい加減しつこい。そう言われちゃっても仕方ないけど。望みがゼロではないなら…やっぱり諦められない、限りなくゼロだったとしても」

 

私はきっぱりと二人に言い切った。
慶喜さんの元を離れて、会えない日々。
また、もう一度慶喜さんに会える保証はない。

 

「………いいじゃないですか、一途な揚羽さんのこと、私は好きですよ」

 

沖田さんは、にっこり真顔でそう言ってくれる。

 

「ありがとう」
「ふふ、揚羽さんのその笑顔、とっても好きです」
「…ありがとう」

 

まっすぐな物言いにまた、くすぐったい気持ちで小さくお礼をいう。

 

「はい!………ではご馳走様でした!私は少し約束があるので先に失礼しますね。土方さん、ご馳走様でした!」

 

沖田さんはまたにっこり笑うと、軽い身のこなしで、さっと店先まで出てから土方さんにお会計を押し付けて行ってしまった。

 

「おい、総司!ったく………あいつは」

 

それまで私たちを見守っていた土方さんは、すこし慌てながら沖田さんに声をはりあげるけど、追いかけようとはしなかった。

 

「はぁ…」
「いっちゃいましたね、お茶いかがですか?」
「ああ………」

 

お茶をすすめると、土方さんはすこし疲れた様子で椅子に腰かけて、その力の強い視線を私に向けた。

 

「ここで働いて、あれだけ道場や町の人間から粉かけられて一向になびかなかったんだ。今更どうしようもねえな」
「そうです、どうしようもないんです」

 

呆れたみたいな言い方だったけど、なぐさめられているのかなと思う。
私は、明るくそれに応えた。

 

「でも、ふふっ………みんないろいろと心配してくれますけど、粉かけられるって…なんですか。それ…」
「いつか、なびきやがらねぇかと思ってたけど………まさか。気づいてなかったとかか?」
「………人を馬鹿みたいに言わないでください。間違いなく土方さんには粉かけられてませんよ」
「そんなこじらせ続けてるやつに、闇雲にいらない手を出すほど困っちゃいない」
「ん………なんだかそれ…ひどい言われ様な気がするんですけど」
「おまえが真っ直ぐだってことは最初から知ってるからな…なんとかしてはやりたいと思わねぇことはないよ…」

 

役者ばりの視線は、女性ならつい色めき立ちそうな色気にあふれている。

 

「頑固だな、ほんと」
「…不本意ながら、よく言われます」
「まあ、いいじゃねぇか」

 

そう言って土方さんは立ち上がるとポンっと私の頭を撫でた。

 

「そのうち諦めたら、もらってやるよ」
「………」

 

私は曖昧に微笑んで土方さんを見送ろうと二人で店先まで出た。

 

「それじゃあ、またな」
「はい…」
「…………あげは」

 

分かれの挨拶をしようとしていたところに、背後から涼やかな声に呼びかけられた。
それほど大きな声ではなかったけれど私と土方さんは揃ってそちらを振り向いた。

 

「……っ」
「揚羽」

 

声と同じ涼やかな姿で、私の待っていたその人は立ってた。

 

 

***