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帰らないと。
何度思っただろう。
最初は、自分の居る場所じゃないから帰るのは当然だから、はやく帰らないとって。
それから、帰らなきゃダメだ………待ってくれてる家族、父がいるんだからって。
でも、帰らなきゃ、帰りたくない。になって。
そうして帰らないことを決めた。
今、私は自分の家の近く、あの日に庭を見て母と幼い私を見た場所に立っていた。
『ずっと俺のでいて………』
切れそうに痛々しい願い。
『はい』
私は、うなずいた。
………私は、カメラを使ってもとの時へ戻らなかった。
この時代から離れられなかった。
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父を待ち伏せをして数刻。
こちらに向かって歩いてくる、記憶よりも大きな父の姿が遠くに見えた。
私は顔を隠すように巻いていた布を外して、近づいてくるのを何度も反芻した台詞を準備して待った。
「あの」
声の届く距離になって声をかけると、父は私の姿を見て不思議そうな表情をした。
「聞いてほしいことがあります」
その瞳を見つめて、単刀直入に申し込む。
「私、揚羽です」
「揚羽?」
娘と似た顔で同じ名前を名乗る女に父は怪訝な顔をした。
「少し先の時代から来たあなたの娘なんです」
信じてはもらえないだろうと思いながら、私は直接の言葉を選んだ。
「信じられないでしょうけど、信じてもらいたいんです。そのために、いくつか用意したことがあります。聞いてください」
頭を下げてそういえば、父は不信感をあらわにしている。
「………頭がおかしいとしか思えない。だが、たしかに俺の妻にも俺にも似てるとこがあるように見えるな。その顔を見て驚いた………話してみなさい」
それから、そんな言葉に顔をあげると、父は面白そうに口の端を上げていた。
「ありがとうございます」
私の言葉を信じてもらうために、私はこの年に家であった出来事をいくつか思い出し、父に伝えた。
例えば、私が夏に海でおぼれかけたこと。
年が明けたころに生まれる料理人の子供の性別、名前。
いつだったかの冬頃にあった事。
など、当時子供だった私の記憶にある出来事は他愛ない内容のことばかりになってしまった。
「これが、全部当たったら、私の事を先の時代から来た娘だって信じてもらえませんか?」
「それで、それが当たっていたとして。おまえが本当に揚羽だったとして。何の為にそのような事を話に来たんだ」
父は半信半疑といった様子ながらも話を最後まで聞いてくれた。
「私が言ってる予言のようなことが当たって、私のことを少しでも信じてもらえるように来ました。信じていたけたら、その後でいいので、お願いしたいことがあるんです。また、来ますから、そのときに当たっていたら、私のこと信じることを考えてみてもらえませんか?」
「うむ………予言に関しては、未だに信じられないが…それもそのうちわかるだろう。だが、その態度を信じよう。今、その願い事を聞こう」
「………ありがとう、ございます」
こんなあやしい話をする私のことを信じてくれる父に、正直驚きながら頭を下げた。
それから、私は父へ、母があの冬に流行り病で亡くなったことを伝えた。
知っていれば防げるかもしれない。
そんなことをしていいのか、うまくいくのか………そんな事は迷いもしなかった。
上手くいけば、母は亡くならず、父は、今私のいなくなった時で一人ではなくなるはずだ。
父は母の為と話すと、あっさりとうなずいた。
「それが本当かどうかは、やはりわからないが…用心はしよう。やってみて何もなければいい………それで。そのことを言うために時を超えるような目にあったあったわけじゃないだろう。戻る方法はわかってるのか?」
「………戻る、方法は、たぶん。だけど。もう一つのお願いがあるんです」
「うむ」
「私、戻りたくないんです。この時代で………生きていたい。ごめんなさい」
「………」
私は、思い切りよく謝る。
信じられない話をする私の話をきかせて、さらに娘の家出を認めて欲しいと言っているようなものだ。
反対、されるだろう。
その覚悟で頭を下げる。
「………ふ」
ふと、父の笑った気配に顔を上げる。
「信じよう。おまえが揚羽だということ」
「え………」
「頑固そうなとこは俺に似てる。どうせ言うこと聞かないだろう。おまえが母を想い、俺たちの事を想って、こうやって来てくれたんだ。俺は信じよう」
力強い笑顔に、私の方がこんなに話が進むなんてと、本当にいいのかという気持ちになる。
だけど、こんな風に受け入れられて安心して緩んだ涙腺は止めようがなくて、涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう………」
その後、私はいくつかの条件をつけられた。
まず、年に何度かは顔を出すこと。
支援を受けること。
どういう理由で、この時代に残りたいと思っているのかをすべて明かすこと。
そうやって私はこの時代でも家族を得ることが出来た。
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