活気のある通りまで出たところで慶喜さんは何か思いついたようだった。
 
「あっちの方だったかな。おいで」
 
慶喜さんが足を止めたのは間口の広いお店の前だった。
中に入れば、広い店内には細かい引き出しのついた収納がいくつも並んでいる。
まだはやい時間なせいか客は私たちだけで、すぐに店の主人が対応にやってきた。
 
「簪を見たいんだけど」
「どういった感じのものをご覧にいれましょう?」
「牡丹の花のものが欲しいんだけど、形はそうだな…」
 
注文をつける言葉に、私宛てなのだと気付く。
 
「私、に…?」
「もちろん。一緒にいるのに他にやるものなわけないだろう?」
 
おかしそうに慶喜さんは笑って、少し顔を近づけてきた。
 
「そもそも、おまえ以外にこんなもの贈るわけがないじゃないか、もっと自覚しなよ」
 
甘い声で囁いて、耳元で慶喜さんはクスクス笑ってる。
 
「似合いそうなものがあるといいね」 
「………ありがとうございます」
 
そんな私たちの前に簪がずらりと並べられていった。
平打簪、玉簪のもの、どれも慶喜さんの言った牡丹が模られたり透かし彫りにされたものだ。どれもとても素敵な品だった。
 
「………」
 
並んだ簪を前に、慶喜さんは顎に指をかけて何かを思案する。
宙に浮く瞳は何かを思い描いているようだった。
 
「どれもお似合いになりますよ。こちらはいかがですか?」
 
そんな慶喜さんに店主は透かし彫りの簪をすすめる。
 
「そうだねえ。なかなかの細工だけどれど………もうすこし華やかな」
「では、こちらは?」
 
次に進められたのは蒔絵のついた簪。
慶喜さんはそれをちらっと見て、完全に目を閉じてしまった。
 
「………」
「………」
 
私と店主は慶喜さんを見守って沈黙する。
目を開いた慶喜さんは私を見つめた後に、晴れやかな顔で頷いた。
 
「………そうだね。すまない。ちょっと俺の思ってる物とは違うみたいだ。ごめん揚羽、また次でいい?」
「はい」
「手を煩わせたね」
 
ひらりと片手をあげた慶喜さんは私を連れてあっさりと店を出てしまう。
 
「ごめんね。買ってあげると言ったのに」
「いいえ」
「いつか納得いったものを贈るから」
 
店を出た慶喜さんは、申し訳なさそうに謝ったけれど、私は気にせず首をふった。
いつか、の約束の方がうれしくなってしまう。
 
「ありがとうございます」
「まだあげてないのに…」
「嬉しいから」
 
満面の笑みで答えれば、慶喜さんは眩し気に目を眇めて見せる。
 
「ふふっ」
「どうしました?」
「いや、いいなって思って。素直にごめんね。ありがとう。楽しいね。って言い合えるのって幸せだね。うん、俺、今とっても幸せ」
「っ…はい」
 
そんな風に店をまわったり茶屋でお団子を食べたり一日は楽しくすぎていった。
 

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