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「よし。無事に抜け出せた」

 

屋敷の玄関ではなく、庭をぬけて人目を避けるよう門を出て城下の人ごみに紛れるようにしたとき、慶喜さんが私を振り返って悪戯な顔を見せる。それに答える私の笑みも同じように悪戯な顔だった。

 

ほんの少しだけ感じる後ろめたさと、それよりも感じるのは自由な解放感。
家にいる頃も、人目を忍んで一人で屋敷を抜け出したりしていた。
目的もなく、人を見ながら歩いたり。道端にいる虫や花に目をとめたり。
進むのも立ち止まるのも自分次第で…抜けだしたのがばれないうちに帰らなきゃと思うのに、楽しくて陽が傾いて寂しくなるまで遊び歩いた。

そのときは一人だった。でも今日は慶喜さんと二人。
高鳴る気持ちはそのときの何倍も大きくて、不安ではない何が起こるのかっていう期待に打つ。

 

一歩前を歩いていた慶喜さんが、歩調を合わせて私の隣に並んで歩きながら、可笑しげに私を見ている。

 

「な…なんです?どこかおかしいですか?」
「まだ、何もしてないのに楽しそうにしているから。ただ、一緒に歩くのでいいって言うから、いいのかな?って思ったけど、楽しそうでよかった」
「慶喜さんは本当にそれでよかったんですか?」
「うん。色々揚羽を連れていきたいところや、したいことを考えて、迷うなら全部してもいいかと思ったんだけどね」

 

慶喜さんは柔らかく細められた目がどこまでも満足そうに微笑む。

 

「こうやって一緒に歩くっていいね。なんでも出来る。町を歩いて。綺麗な景色を見て。美味しい物を食べて。疲れたら、休めばいいしね。揚羽がいれば全部が特別だ。それに何もしなくたっておまえが笑ってるだけで十分楽しい一日になりそう」

 

(同じ気持ち)

 

自分の思っていたことをそのまま慶喜さんの嬉しそうな声で言葉にされて、嬉しくて、でも、なんだか照れてしまう。

 

「以心伝心。相思相愛?」

 

言い当てられたような一言に反応して全身が熱くなってしまったのは自分では制御できなかった。

 

「わっ…待って」

 

赤くなった顔を隠すのに歩くのが早くなってしまった私に、置いて行かれそうな慶喜さんが慌てて追いかけて来た。すぐに私よりも長足な慶喜さんは追い越して、二歩ほど前に出て振り返って私を見る。

 

「ふふっ………照れてる?かわいいー」
「みないでください」

 

顔を背ければ、慶喜さんが少し心配そうな声を出す。

 

「怒った?」
「そうではなくて………嬉しすぎて、でも、恥ずかしくて………顔見れなくなります。でも、やっぱり嬉しいかも」

 

嬉しさと恥ずかしさとが入り乱れてどんな顔していいのか、自分がどんな顔しているのかわからなくなって私は俯く。

 

「っ………」

 

慶喜さんも何故か黙ってしまって、見上げると、ちょっと耳を赤くしながら困った様な顔をしている慶喜さんと目が合った。

 

「慶喜さんも赤い………」
「うつったの」

 

と、珍しく慶喜さんの方から視線を外した。

 

「俺たち。馬鹿だねえ…」

 

自嘲の言葉は私たちの浮かれた心を煽るだけだった。

 


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