一緒にいた事のある
思いで深い人達と
離れれば寂しいという気持ちが
あると思います。
どれもこれも
自分のなかの寂しい原因が
わからないと
離れてしまった理由や
関わっている人への嫉妬に変わって
しまう人もいます。
自分の寂しさや、
想いというのは
自分の責任ですから
人にどうにかしてもらおう
としていても
悲しいことに
寂しさはうめられません。
誰かに
寂しい、
寂しいと
伝え続けている人が
周囲にいたとしたら
可哀想かも知れないけど
周りは手をかさない、
耳をかさない、
きついことをいう
致し方なくかしたとしても、
心を鬼にしてみることも
時には大切です。
本当に寂しい原因が、
わからないこと
の方がなにより
寂しく辛いことなのです。
一時的に手を貸せば
寂しい人の気休めにはなれるど
一時的が過ぎたら
また苦しまなければいけない。
それってとても苦しいこと
だと思いませんか?
どうにかしてあげようという
優しい気持ちは良いことだけど、
心を鬼にすることは
とても苦しいことです。
けれど、
相手への「かわいそう」
という自分の気持ちだけで
相手の人生を翻弄してしまっては
余計に苦しくさせてしまうことも
ありますね。
自分は自分で
人は人。
血が繋がっててもそれは同じです。
血が繋がっているからこそ
分別をつけるというのは
とても大切。
それができれば
お互い幸せで
ネガティブな気持ちを
どちらも持つこともなく
良い関係が気づいていけます。
辛いこと、
悲しいこと
苦しいこと
は、
人生で克服できるからこそ
起きるものなのだと思います。
克服するためのきっかけを模索する事で
より、人生が豊かになるのかもしれませんよね。
案外お気に入りです♪






