ガラス工芸 ステンドグラスのガラスとその生かし方

image

 

    

ステンドグラスのガラスは、ほとんどが輸入に頼っていて、ここ数年で製造会社も環境問題が引き金となって廃業が続きました。
ここでは、ステンドグラス制作には欠かせない、アーティスティックで大切なガラスについてお話します。
貴重で大切なガラスですから、端材をも作品作りに生かしていきたいものですね。

 

 

 ガラス工芸 ガラスの端材を色別に整理する

 

 

    

ティファニーランプなどの制作後に残った端材は、青、赤、黄、緑、白系のガラスをそれぞれオパールセントとクリアの色別に分けてしまっておきます。

すると、モザイク作品(パネルや箱もの、ランプ、時計や小物など)作りに絵の具替わりとなってくれます。

ワークショップでは、時々「ガラス遊び」と称して20㎝角のパネルを作りますが、そのときどきの心象風景を表し、悲喜こもごもの色合いのパネルが出来上がります。このガラス遊びに集中していると、不思議と心穏やかになって、心のバランスが整います。

ランダムに端材の形を合わせながら作品作りをしますが、

デザインに合わせガラス板を型紙通りにカットする作り方とは異なり、意外なガラスの組み合わせを楽しむことも出来ますのでおススメです。
 

 

 ガラス工芸 ステンドグラスのガラスの種類

 

 

    

ステンドグラスのガラスは、ほとんど、ドイツやフランス、イタリア、アメリカなどからの輸入に頼っています。

ここでは、少しアメリカのガラス会社を紹介しますね。

ティファニーランプでよく耳にしているのはフリモント、ウルボロス(すでに廃業)、ヤカゲニー(オセアナ)など。

・シアトルのフリモントは、アメリカで唯一アンティークグラスを制作しています。すべてハンドメイドで作られるガラスは、上品で柔らかみのある色合いや模様がランプの高級感をさらにアップしてくれます。

・ピッツバーグのヤカゲニー社には、複数の色が流れるように絡み合い、複雑な色合いがとても味わいのあるガラスを製造しています

 私は、その不思議な色合いが好きで、ランプ制作に利用しています。ステップルという和紙のようなガラスが有名です。
 今は、オセアナ社が廃業し、ヤカゲニー社がその生産を継承しています。独特の斑模様と透け感が大好きなのですが、ガラスのテイストや色合いを以前のようには作り出すことが出来ないとのこと。
次第に「伝説のオセアナ!」となっていくのかもしれません。

・ポートランドのウロボロス社は、1973年の創業。以前はスロークールと呼ばれる非常に質の高いヴィンテージガラスを製造していましたが、今では手に入れることは不可能。キャセドラルとオパールセントで300種類以上のガラスを生産。ティファニーランプのレプリカを制作するのに使いやすく、高級感のあるガラスを製造するメーカーでしたが、環境問題が生じ廃業となりました。その後、2年ほどOGT社が経営を引き継ぎましたが、
2018年には製造を中止。残念です。

・オーシャンサイドグラスタイル社(OGT)アメリカのカリフォルニアに拠点があるガラスメーカーです。スペクトラム社の廃業に伴い、スペクトラム社のガラスをメキシコ工場で引き続き製造しています。
スペクトラムのシリーズは従来のステンドグラス専用ガラスではなく膨張係数96のフュージング可能ガラスとして製造されることになりました。
 

 

 

 

 

 


ステンドグラス アミ工房
Nijiko777🌈
〒184-0002
0422-87-9507
東京都小金井市梶野町3-8-6



 

 

 イギリスの世界遺産・カンタベリー大聖堂

 

 

もう、ずいぶん前のことですが、友達夫婦と出かけた旅先で訪れた
イギリスの世界遺産・カンタベリー大聖堂。
1400年の歴史を誇る英国教会の総本山です。

個人旅行だったので、ゆっくり見学できましたが、
広さが東京ドーム2個分以上というだけあって、
ほんとうに半端じゃない広さで、
途中で、休みやすみ見て歩いたことを思い出します。。。

 

 

 ステンドグラスの窓

 

イギリス初といわれるゴシック様式の建築や
ステンドグラスもとても見ごたえがあり、とにかくすべてが圧巻でした!

大聖堂のほとんどの窓には、
聖書をもとに描かれたステンドグラスが施されていて、
イエス・キリストの受難やベケット大司教の生涯を伝えています。
 

 

 光と虹

 

キリスト教では、神様は光であり、
虹は神様からのメッセージであるとされています。

旧約聖書のノアの洪水神話の後で、
神が二度と洪水で人類を滅ぼさないと約束した際に、
虹をその契約の印としたとされています。

虹は平和の象徴なのです。

 

教会のステンドグラスは、神さまの光であり、
そのメッセージである虹を象徴するものであり、
光り輝く天国を表すとも言われています。
 

また、文字を読めない人たちにも分かるようにと、
聖書の内容を絵解きしたものでもあります。

 

 

 

 ガラスと絵付け、顔料について

 

 

ガラスが教会に使われ始めたのは、8世紀ころと言われています。
ガラスの絵付けには、グリザイユと言う特別な顔料が使われ、
線描きと塗りつぶし、陰影描きを繰り返し、古びさせ、そのつど焼成します。

顔料の成分はガラスと金属の粉です。
赤は金粉、青はコバルト、緑は酸化銅、
紫はアレキサンドリアナイトという
宝石の粉を使って色を生み出すため、
ガラスそのものがとても高価なものですし、

一つひとつのパーツに絵柄を描き作り上げる工程も、
窓一面を覆うバーツを制作し、鉛戦で組み立てる工程も、
気が遠くなるほどの作業です。

そうして作られたステンドグラスには、たくさんの想いがこめられ、
風雪に耐え、世紀を越えて多くの人々に聖書の物語を伝え続けています。

 

とにかく、ステンドグラスは、作業の工程もその歴史や背景も奥深く、ずっと学びの途上ですが、色彩豊かで、光をイメージしながらの作業は、心穏やかで豊かな思いに没頭出来る時間です。


また訪れたい場所の一つ、カンタベリー大聖堂について、ほんの少しご紹介してみました。

 

ステンドグラス アミ工房
Nijiko777🌈
〒184-0002
0422-87-9507
東京都小金井市梶野町3-8-6


 

 

 

 

 
北海道 美瑛駅前のウィンドウ

 

2017-09-08 00.29.30.jpg

 

 

 

 

 

 美瑛駅前にあったアトリエ・ジョバンニさんのウィンドウには、たくさんのティファニーランプがキラキラ輝いていました。

 

 


 いつも車で前を通り過ぎるだけでしたが、その日たまたまお隣の信用金庫に用があり、思い切ってジョバンニさんに立ち寄ったことが、事の始まりです。

人生、何があるかわからないな~と。。。

 

ドアを開け「見せていただいていいですか?」と声をかけると

青田あけ美先生から少し関西なまりで「いらっしゃ~い」の明るいお返事!


たくさんのティファニーランプの向こう側は、

生徒さんたちがそれぞれの作品を作っている工房でした。
 

なかでも、妖精を制作途中の大きなパネルが目を惹きました。

ステンドグラス初めてさんの作品で、

お家を新築するに当たり、自分のデザインでパネルを作りたいと

何件か断られ続けた後、ジョバンニさんで作れることになったんだそうです。


私もがぜん勇気が湧いてきて、

「わたしにも作らせてください」と。。。お願いし、

初めて作ったのがドーム型の教会です。

 

もちろん、先生にお助けていただき、

ゆっくりと作業工程を学びながら、仕上げた初作品です。

20年くらい前のお話です。

 

後日、いろいろお話を伺ってみると、

先生は60歳からステンドグラスを始められたそうで、

まさに還暦!人生のリスタート!だったそうです。

 

頭の中に「離婚」の2文字を抱えながら過ごしていたころでしたから、
「還暦リスタート」は希望の言葉になりました(*^-^*)

 

お教室は地域のパワースポットになっていて、

生徒たちのよろずお悩み相談所?!でもありました。

 

作品を作りながら、お喋りで癒され、

とくに、北海道の長い冬を過ごすのに、

最適の場所でありました。。。

ガラス七色七変化♪
ステンドグラス アミ工房
Nijiko777🌈

〒184-0002
東京都小金井市梶野町3-8-6
0422-87-9507

https://lin.ee/51DojGI

https://www.facebook.com/yumekanaetai

nijico777

 

 ティファニーランプのガラスについて

 

2017-09-08 00.29.30.jpg

2016-12-17 12.22.18.jpg2016-12-17 12.23.32.jpg2016-12-17 12.30.32.jpg

 

 

 ルイス・コンフォート・ティファニー

 

 

アメリカのアール・ヌーヴォーの第一人者として知られ、

主にステンドグラスやガラスランプなどの芸術家として

名を馳せたルイス・コンフォート・ティファニーは、それまで主流とされてきた

エナメル塗料を直に塗りつける方法に換えて色彩ガラスを利用し、

17世紀頃に失われた技法を再現したといわれています。

 

 

 ティファニーのガラス

 

 

 ティファニーランプに使われるガラスは、約1500種類以上もあります。

 透明なガラスや不透明で乳白色のオパールセントガラス、

表面にしわのあるリップルガラス、

グラニトという表面にざらつきのあるガラスなど様々です。

 

 異なるガラスを用いることで、

光の屈折により趣のあるランプを作り出すことが出来ます。

 

ガラスそのものの中に模様の入ったものや、

色を細かくちりばめたフラクチャーなどを使うことで、

光がともったときの雰囲気はがらりと変わってしまい、

驚きと感動が生まれます。
 

デザインや配色に合わせてガラスを選び、

畳半畳分もあるような大きなガラス板から、

小さなパーツにカットし、銅テープで巻いて

ガラスとガラスをハンダでつなぐことで、

絵のように繊細で、立体感のある作品が

生み出されることになりました。

ガラス板は一つとして同じものが無いので、

まったく同じ製品を作ることはできません。

それがまた手作りの良さでもあります。
 

ティファニーは、ガラスそのものの芸術性を求め、改革しながら、

ガラスを合理的に使っていたようです。

材料を無駄にしない。

大作を作る際に出るたくさんのガラス片は、

ランプシェードを美しく彩り、

「ティファニー・ランプ」と呼ばれ、

今でも世界中で愛され続けています。

 

ガラス七色七変化♪
ステンドグラス アミ工房
Nijiko777🌈

〒184-0002
東京都小金井市梶野町3-8-6
0422-87-9507

https://lin.ee/51DojGI

https://www.facebook.com/yumekanaetai

nijico777

2015年12月19日

 

 日本のステンドグラス

 

小川三知氏の帰国後第1作 慶応義塾大学図書館

 日本のステンドグラスの始まりは

 

 

 

 日本で初めて、ステンドグラスがお目見えしたのは

19世紀、明治の文明開化の頃だったといわれています。


この時代に、

長崎の天主堂にフランスから寄贈されたのが始まりとする説と、


オランダの美術家が横浜に赤レンガ造りの建物を建てる時に

一緒に持ち込んだという説があります。


そう、日本のステンドグラスの歴史は、まだまだ日が浅いのです。
 

 

 明治時代といえば、

外国に追いつけ追い越せと、外国の文化・技術を貪欲に吸収していた時期で、

明治政府も外国からさまざまな技術者・文化人を積極的に招いていました。


 世界的にも、ステンドグラスが見直されていた時期だったこともあり、

外国人たちは一緒にたくさんのステンドグラスを持ち込んできたのです。

 

 

 純日本製のステンドグラス


 

 輸入に頼らず日本人の手で純日本製ステンドグラスが完成したのは、

1889年のこと。


明治政府の推進する技術留学のために、ドイツ・ベルリンに留学していた

宇野澤辰雄氏が、帰国後にドイツ式のステンドグラスを完成させたのが始まりです。

 

 次いで、遅れることわずか1年後、

小川三知氏がアメリカ式のステンドグラスを紹介しました。


 その後

ヨーロッパ式ステンドグラスは建築用の窓ガラスなど、

大掛かりなものに重点を置きます。


アメリカ式のステンドグラスは「ティファニーテクニック」とともに、

ランプやスタンド、パネルなどの室内装飾の分野に特化していきました。

画像のステンドグラス窓の作家・小川三知氏については、

また改めて書かせていただきますね。

 

ガラス七色七変化♪
ステンドグラス アミ工房
Nijiko777🌈

〒184-0002
東京都小金井市梶野町3-8-6
0422-87-9507

 

 

ブックマークボタン