夜11時頃、近所のコンビニに牛乳を買いに行ったその帰り道で、赤ちゃんを抱きながらとぼとぼ歩く男性を見た。不審者?人さらい?と思ったが、よく見るとスリングが・・・。どうやら、赤ちゃんを寝かしつけるために夜道を散歩する、お父さんのようだった。その瞬間、かつての我が家を思い出した。息子は添い乳をしなければ決して寝ない子だったが、一度寝ても1~2時間で目を覚ますので、妻はほとんど休めなかった。あるとき、疲労とストレスでたまりかねた妻がギブアップ。代わりに私が息子を寝かし付けることになったが、もちろん添い乳するわけにもいかない。抱っこしていれば一応泣きはしないものの、真夜中というのに目はパッチリ。全く寝る気配がない。狭い家の中を歩き続けるにも無理がある。やむなく、私は夜道を散歩することにした。まだ寒い時期だったので、カゼを引かせぬよう温かい服を着せ、慣れないスリングに息子を入れて外へ出た。冬の夜道は、思っていた以上に静かだった。営業しているお店などないし、所々に街灯が灯っている程度。寝かし付けるのだから、明るい所や騒がしい所を歩くわけにもいかない。ひたすら歩けども、息子の目はしっかり見開いたまま。眠る様子がまったくない。今になって考えてみれば、そんな時間に、怪しい場所を歩いて、子供の気持ちが落ち着くはずがない。眠らなくて当たり前なのだが、そんなことには全く気付かず、ふらふらと一時間ほど歩き続けていた。何人かとすれ違ったが、よほど怪しい人物だと思われていたことだろう。結局、私は早々とギブアップして、家に逃げ帰ってしまった。見かねた妻が、最後のひとふんばりで息子を寝かし付けてその日は終わった。使えないパパだった。この一件を通じて、母親の負担の大きさを改めて実感した。毎晩の添い乳と、たった一回の夜の散歩をそのまま比較するわけにはいかないが、今回、パパは逃げ帰り、ママは受け止めた。覚悟が違うのだ。毎日1~2時間ごとに起こされるような生活を、半年も1年も続けるなんて、男には到底耐えられない。体力の差ではなく、子育てに対する心構えの差が表れるのだ。育児に積極的な男性を「イクメン」と呼ぶが、果たしてこの差は埋まるのだろうか。いや、埋まる、埋まらないを気にする前に、まずパパが心がけることは、ママの日頃のがんばりに気付き、敬意を表することだと私は思う。
ウツなママでもいいですか?
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