こんにちは。

株式会社フレイバ・プロジェクツ髙木です。

 

昨年に引き続き週末になると天気がグズつく、、気になります。

 

さて、隔たりや線についてです。

何を指すのかというと、ありとあらゆるところで顕在化している

価値観、とでもいうのでしょうか。

 

本来、人は目的は特にありません。

しかしながら当たり前の幸福を願って生きていく事こそが全ての人に

とってのミッションのように感じます。

 

しかしながら、1人で生きていく事が難しい世の中にあって、

身内から始まり、お隣さん、町内会、学校、会社、メディア、今ではSNSと、

全てのツールの普及によりテリトリー外の情報が入る事により、

競争意識が生まれたという事なのでしょうか。

 

例えば生きていく事に逼迫した原始人であれば必要な思考であるが、

ほとんどの方が最低限の生活を営んでいける昨今、そういった価値観が

果たして必要なのか、と感じています。

 

もちろん経済発展の根底には、企業や国の競争意識から来る

成長が伴っている事は理解していますし、根本的な人の競争意識が

スポーツ競技やゲームなど快楽ツールの誕生、更にはポテンシャルの

引き上げにつながっている事は言うまでもありません。

 

一方で、TVや芸能界、ですか。なんですか、あれ。

偉いんですか、その人達は。なぜ線を引くんです?なめてます?

何が偉くて、何が偉くないのか、もしくは上下分けなきゃいけない理由を、

皆が納得いく形で示してもらい、納得できればいいんです。

 

正直、誠意なんて皆無ですよ。そこに到達したもん勝ち、みたいな空気を感じます。

マネジメントと一緒で、いかに皆がハッピーであるかの最終到達点を

見極められなければ、上に立つ資格はないんです。その業界でいえば

皆の目に触れる場にはでてはいけません。

 

上に立つものとは、その景色を見れる実力がない人をそこまで導ける人です。

誰よりも縁の下に立ち、おしりを押して、背中をたたいて、声かけて励まして、

一瞬一瞬をハッピーにできる人でないと務まりません。

 

よく、その場の口論に力を注ぐ人がいらっしゃいますが、その勝ち負けが

何を意味するのでしょう?その先には自己満しかありません。

そいう人も、絶対に上には立てません。

 

よく、交渉している相手先さんでも、ふいにそういったいかにも勝ち負け観点から来る

物言いをする人がいる。自分が年上だから?会社がデカいから?有名だから?

そういう表面上のものに左右されるようなメンタルなら、人と関わらない方が良い。

自分が常に前に出てきてしまい、必ず人を不幸にします。

 

パワーバランス、を見極めて、できる事なら宇宙規模で全てが最大化される事を

常に考え行動できる事が一番良い。身近でないものが現実的でないのなら、

世界規模、日本規模、組織規模、グループ規模、そのように置き換えその中での

パワーバランスが平等、公平になる事を前提にしなければ、隔たりや線は消えません。

 

人類や生物にとっては、間違いなく結果論のはずなのに、どうしてこうも

隔たりが生まれるの??

 

もちろんそれは、最大公約数の中のわりとあいまいだとしても、その中に

収まれば良しとする、管理者側のエゴがあると思うんです。

特に日本では、4/1生まれと4/2生まれなだけで一生上下関係になる。

そんな表面上の関係でなければ、もしかしたら最高のパートナーかもしれない

可能性を自ら奪い去っているように感じます。

もちろんその逆も然りですが、少なくともそれを当たり前としてしまっている事が、

パワーバランスを崩していまっている根源ではないかと思います。


それが常識となり、それを壊そうとする事がイレギュラーなのもわかります。

しかし、不運にもポテンシャルが引き出されない世の中にはうんざりする部分も

ありますよね。

 

もちろん大半がそれでハッピーになれている現実も理解していますが、

アンハッピーな人達に目を向けられる世の中にしなければ、見て見ぬふりを

しない人達が増えていかなければ、世の中ハッピーとはいえあいのではないでしょうか。


ですから、ハッピーな人が注目される世の中ではなくて、アンハッピーな人が

いかにハッピーになれるか、そんな世の中が望まれるし、そう願っている人が

手を挙げて、新しい世の中の在り方が提唱されていって欲しいと思ってます。

 

特に甘い汁擦ってる人達、良い恩恵だけでなく悪い事、辛い事まで背負う事で

圧倒的なパワーバランスの平準化に行きつきますよ。

 

ちなみに僕にはそんな力は微塵もありません。でも、根底ではそんな想いを

常に抱き続け、何かをやらなきゃ、存在してない方がマシだ!!

ない目的をそんな事に置き換えたら、人生楽しくなってきた。

一生できないかもしれないけど、一歩一歩踏み出します。