こんにちわ。

株式会社フレイバ・プロジェクツ代表の髙木です。

 

新年度からの新しい取り組みとして掲げたブログ投稿、

最初から無理して更新頻度が下がる方が良くないので、

今後のこれくらいのペースで投稿していければと存じます。

 

さて、タイトルの「ポジティブへの歩み寄り」とは、

一体どういう事なのでしょうか。

 

一言で表現するのであれば

「いいじゃんこれぐらい」 を減らしていく事だと思います。

 

世の中には、「いいじゃんこれぐらい」がいっぱいです。

その代表例としては、、

 

・歩きたばこ

・列への割り込み

・ポイ捨て

・つば吐き

・待ち合わせへの微遅延

・赤ちゃんグズリ放置

 

どれも、当事者の欲求を満たす以外、メリットは全くといっていい程ありません。

 

赤ちゃんのグズリ放置には物議をかもしそうですが、僕も11歳と10歳の息子が

いるので、もちろん当事者(親御さん)の気持ちは心から痛感します。

 

例えば、映画館や舞台、飛行機内でのグズリであっても、赤ちゃんに一切、

罪はありません。

しかしその有料コンテンツのサービスとして、騒音オプションが付帯している

訳でもありませんので、当事者以外は費用に見合う対価を受け取れなくなります。

当事者にあたる管理責任者は、せめて周囲が仕方ないと思える姿勢・対応に

努めて欲しいものです。

 

さて、なぜメリットがないか。ここに焦点をあてたいと思います。

 

・歩きたばこ        → (煙・灰を被り)不快になる

・列への割り込み     → (並ぶ)時間を無駄に要する

・ポイ捨て          → (景観の妨げになり)不快になる

・つば吐き          → (汚くて)不快になる

・待ち合わせへの微遅延 → (待つ)時間を無駄に要する

・赤ちゃんグズリ放置    → (気になって)不快になる

 

答えはおよそ2つに絞られています。

・不快になる

・時間を無駄に要する

 

上記2つが嫌だから?そうとも言えますが、その先に確信があります。

 

・不快になるという事

我々人類は、生を受けている以上、嫌な想いはしたくありません。

嫌と想う境界線は人それぞれですが、嫌悪感発生のその瞬間は、

生きている中では無駄な時間にあたります。

 

もちろんその嫌悪感を経験する事により、周囲に配慮できるようになったり

やさしくなれたりするかもしれません。

しかしその時間を有意義に感じられる事のために、我々は人生を全うする

のではないでしょうか。

 

・時間を無駄に要する

上記同様、自身の時間を有意義にするために生きているとするならば、

無駄な時間はあってはなりません。

 

では、それぞれ無駄な時間とは一体どういう事なのか。

答えは簡単で、自身のためにならない、自身が意図している通りにならない、

という事です。

 

ピータードラッカー談

「日本人は人の財布は盗まないが、人の時間は平気で盗む」

 

まさにこの通りで、遅刻には厳しいが、残業や会議には疎い。

それはなぜか。感情論の塊であるが故の思考に他なりません。

 

遅刻は遅刻で無駄な事です。

当事者の少しの歩み寄りにより、とても簡単に解決します。

 

我々は、物凄い多くの人達と共存しています。

もはや自分のペースだけでは生きられない世の中です。

 

それにより時間を捻出しなければならない人達がたくさんいる事を

肝に銘じていくべきです。

周囲の貴重な時間を無駄にしないよう、生きる責任を全うするため、

少しの我慢で大きな歩み寄りを実践していきましょう。