SHINGOのブログ
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前の仕事に想うこと

転職活動が長くなると、前の仕事を辞めたことへの後悔がだんだんと表れてきます。

無色状態の不安な気持ちが、不満はあっても職を持ち、安定していた時期への

「あの時はよかった」という想いへ向わせるのです。

これは、不安であるが故の、半ば仕方のない想いなのだと思います。


さて、僕の場合ですが・・・

仕事もなく、何がしたいのかわからない中で悶々とした日々を過ごしていると、

やはり前の仕事に対して色々と想いを巡らせたりするものです。

安定していたなぁ、という気持ちを差し引いても、

前の仕事に未練を感じている自分に気付くことが出来ました。


僕は、建築設備機器の商社で営業をしていました。

ここでは、新規開拓営業は殆ど0に近く、既存の取引企業に対して、

拡販を狙って営業をするという仕事をしていました。

営業というより、仕事自体は作業と感じられるものが多く、

営業マンとしての力をつけられるかというと、?な仕事だったんですね。

ただね、一つ大きな仕事の喜びもあったんですよ。


営業マンをされていた方には共感頂ける方もおられると思いますが、

仕事で利益を生む、というのは、中々楽しいものなのです。

会社の利益を稼ぎ出すことで、それは評価を通して一部自分の利益となって返ってきます。

僕のいた会社では、インセンティブのない会社でしたので、

純粋に人事考課における評価で若干のプラスになるに過ぎなかったのですが、

自分が会社に利益をもたらしているのだ、と感じられることは、

若手社員であった僕にはとても大きな喜びとなり、自尊心を高めてくれる要因になっていました。

そう、僕は仕事で利益を生み出すことが大好きだったのです。


そして、営業という仕事は多くの人と出逢い、話をしながら仕事を進めていきます。

特に社外の人間関係が多く、その中でいかに人とうまく付き合い、

人をうまく扱えるかという、スリリングな仕事でもあります。

(うまく付き合い、扱うというのはあまり良い表現ではないかもしれませんが、

 時にそういう考えでなければ不利益をこうむることもあります。)

その緊張感の中で、考えながら仕事をすることが楽しく感じていた。

そんな自分がいたことも、事実です。


前の仕事を想って、良かったな、と言えるのはこれだけです。

でも、それだけでも、喜びがあったというのは幸せなことだろうと思います。

自分の仕事に何ら喜びを感じられず、それでも何かの為に歯を食いしばって

頑張っている方が、世の中にはたくさんいるであろうことを想えば、

僕は幸せな部類に入っていたのでしょう。

そのことに、やっと気付きました。


さて、こうしたことに気付いたいま、

僕は次のステップを、やはり営業職にしようと考えています。

もちろん、人生はまだまだこれからなので、

他に食指を動かされるような仕事が見つかれば乗り換えることだろうと思いますが、

いまの僕には、営業という仕事が性分に合っているのだと思います。

利益を生み出すという快感を覚えてしまったいま、

その感覚を味わうことの出来ない仕事に付くというのは、考えにくいのです。


次に考えるべきことは、

何を売るか、ということです。

商品・サービスが多様化した現代では、様々なモノが商材になり得ます。

それこそ、いまの僕の頭では思ってもみないようなモノが

売れる商材となる時代なのです。

それを考えるときに、いまの僕では圧倒的に世の中に対する知識・理解が足りなすぎる。

何を商材とすることで、僕は納得して営業活動が出来るのか。

それを見つけたときに、進むべき道がハッキリと見えるのだと思います。


・・・と、書いてきたところで、一見すると何だかポジティブな文面に感じられますね。

でもね、結局まだ、進むべき道は闇の中です。

光の差さないところでただじっとしている状況には変わりありません(笑)


何を売っても、営業は営業。

そう考えることが正しいのであろうと思う反面、

何を売るかによって、自分が納得して仕事をしていけるか否かが決まるような気がしています。

それがわかってきたら、あまり会社の大小にはこだわらないようにしようと思います。

大きい会社にこだわっていたら、僕の職務経歴ではエントリーも出来ないことが多く・・・

あぁ、ネガティブ^^;

そんな事情もあって、出来るだけこだわりは捨てなければ、と考えています。


どんどんとりとめのない話になっていきますが・・・もう少しだけ。

会社の大小にこだわらないように、と思いますが、

それに対するこだわりが捨てられないからこそ、

転職活動がうまく進まないというところもあります。

なぜこだわるか。

それは、自分の将来を真剣に考えればこその話ですよね。

自分に、守っていきたい大切なものがあれば、それは尚更です。

ご自分の家族がいる方はもちろん、これから結婚を考えている相手がいる方、

両親を大切にしていきたい・・・などなど、事情は人それぞれ。

そうした自分以外の周辺事情が絡めば、転職はどんどん困難なものになっていきます。

僕も、上に書いたうちの事情にあてはまるものがあります。

少なくとも、数年先を見据えて勤める会社を選んでいく訳ですから、

ただ会社に入っただけではダメなのです。

その会社で続くか、またその会社は続くのか、給与は自分の人生設計に対して最低限足りるのか、

そして、やりがいを持って働くことが出来るのか。

これらがある程度揃っていなければ、その場所で働くことなんて不可能だと僕は思います。

それぐらい、働くって難しいことなのだと思います。


そう考えてみると、転職活動にはある程度の時間がかかって当然なのかもしれません。

あまり慰めになっていないけど^^;



仕事に対する想いって

いまの僕には、仕事に向き合う気力が欠けているように感じます。

ただ、そう言いながらも、「仕事をしたい」という想いもあります。

要するに、仕事に対して積極的にコミットメントしていく気力が持てない、ということになります。


転職活動をしていると、ほとんどの企業で書類選考があり、

順番こそ異なるけれども、適正を含めた筆記試験、一次・二次面接があります。

面接に関しては、4回程度行う企業もあります。

転職しようとしている人間に対し、4回も面接を行うというのは、どうでしょうか。

忙しい転職者に対し、失礼だと僕は思ってしまいます。

皮肉を言えば、4回も面接しないと、その人の適正や能力を判断できないのか、と考えてしまうのです。

まあ、その企業なりの事情はあるのかもしれませんが・・・


さて、標準的な面接の回数でも、一つの企業で2回の面接が行われるわけです。

これでは、複数の企業に対し応募すると、かなりの回数の面接を行うことになります。

これは非常に気力を要することで、タフな人でなければ途中で気持ちが折れてしまうこともある。

まさに、僕のケースなのですが。


何度か面接を受けた僕としては、一次と二次(最終)面接の内容には

それ程の大差はなく、同じようなことを応募先の違う担当者と話していた気がします。

下らない作業だと思ってしまうのは、僕だけでしょうか。


そうした作業を何度か繰り返してくると、とても疲れてしまい、だんだんと落ち込んできてしまうのです。

途中、選考から落ちる企業もあれば、進む企業もあり。

採用の通知をもらっても、納得の出来ない条件でのオファーに、がっくりすることもありました。

本当に、タフでなければ転職というのはうまく行かないのだな、と思います。


そう考えてみると、若いうちにこの苦しみを経験することが出来たのは、一つ収穫になるかな、とも思います。

こういう苦しみを知っていることは、これから先の人生で役に立つこともあるのではないか。

転職に悩む友人などがいれば、有効なアドバイスが出来るかもしれない。

しっかりとした実感を持って、その人の悩みに付き添ってあげることが出来るかも知れない。


これから先の人生は長い。

その中で、いまの苦しみはほんの一時なのだと考えられれば、大したことではない。

そう考えることが、すごく難しいのだけれど。


忘れていたこと

そう、忘れていたことがあった。

それは、かっこよく生きていたいという想いだ。


僕は昔から、「かっこよくなりたい」と願い続け、

その想いは、ある人物との出逢いから、より強いものとなった。

学生時代も、仕事をするようになってからも、

僕はずっと、「かっこよくなりたい」「かっこいい男でありたい」

そう願い、生きてきた。


その結果、僕がどれだけ変われたか、良い進歩があったのか。

非常にダメなところもある中で、評価できる部分もけっこうある。

だから、この指針は必ずしも間違っているものではないと思っている。


ここ最近、「かっこよくなりたい」という願いを、僕は忘れてしまっていたような気がする。

いつからか、自分のことを憐れみ、そして情けない人間だとばかり思いこむようになっていた。

会社を辞めてからだろう。


転職活動の中で、自分を見失っていったのだ。


「かっこよく」なる為の行動として、

僕は「かっこつける」ことを意識付けてきた。

振り返ってみると、そのやり方には、一定の効果があったと言える。

であるならば、失った指針を取り戻そうじゃないか。

また、「かっこつける」ことから始めればいい。


「かっこつける」ことで、うまく行ってきたことはけっこうあるものだ。

そして、長年持ってきた指針を失くしたことで、失ったものもけっこうある。


道に迷ったいまこそ、その指針をこの手に戻すとき。

一度きりの人生、「かっこよく」生きなきゃ損だぜ、俺。