柴田憲司著「比例原則と目的審査ー自由権制限の局面を中心にー」(長尾古稀記念論文集所収)を読了。
ここ10年くらいでしょうか、審査基準派と比例原則派との論争があります。
そのなかのトピックである目的審査について、比例原則の国ドイツにおける論議状況を検討している論文です。
この論文で面白かったのは、憲法訴訟において裁判所は立法目的をいかに確定するか、客観的な目的は存在するか、というところ。
「保険医の定年制事件」において、法律の提案理由書の理由では合憲にできないとの判断から提案理由書にはない理由を連邦憲法裁判所が認定したという話については、
「まぁ、確かに結論から議論しないといけないときもあるよね」的裁判所の示した立場はこの歳になるとよく分かるところ
(誤解かしら?
)。
(誤解かしら?
)。ですが、学問的にはそういう訳にはいかないようです。
ただ、この点に対する著者自身の見解は明示されず、裁判所が立法者の意図から離れることがどこまで要請・禁止・許容されるかは比例原則の構造から導かれるものではないとのコメントまで。
その昔、「客観的な目的」に関連して、ゼミで誰が客観的な認識に立てるのだろう的議論になり、皆が煮詰まった
ところで、先生が「それは天ですね。」とコメントされたことを思い出しました
。
ところで、先生が「それは天ですね。」とコメントされたことを思い出しました
。で、論文は、最後にドイツにおける目的審査の理論の輸入に際しては「法律の留保」に留意する必要があり、日本国憲法解釈においては、立法の裁量の広狭について同様な機能を担いうる「公共の福祉」(の総論、各論)の検討が重要との認識を示して、おしまいです。
この著者の文章は読みやすくて助かります
。
。最後にまとめとして、ドイツにおける立法目的の審査を輸入するに当たっては、ドイツでは目的審査と「法律の留保」が密接に関係していることに留意が必要とし、日本国憲法において立法の裁量の広狭を示す機能を担いうる「公共の福祉」(の総論、各論)の解明が重要な課題との結論でした。
