今日は中学校時代の吹奏楽部の集まりでした。
年に1,2度集まってる仲間たち。
ちょっとまえは、うちでコンクールと定期演奏会のビデオを皆で観賞したり。
もう20年の付き合いになるのかな。いまでも、大事な仲間です。
あの頃は毎日地獄でした。
文化系の部活にはいって楽したい、と軽い気持ちで入部したブラスバンド。
しかし、待っていたのは筋トレ、走り込み、筋トレ、走り込みの日々。
き、聞いてないよ~涙(ダチョウ倶楽部風)と思いながら死ぬ思いで体育会系メニューをこなす毎日。
先輩はこえーは、厳しいは、顧問は鬼だわで毎日泣きながらの練習。
朝練からはじまり、土日もあたりまえに練習。部活を休むには、部長の許可とパートリーダーの許可が必用。コンクール前は、夏休みなんて関係なく毎日練習。。。
で、わたしが配属されたトランペットパートは三年生のみしかいない、不思議なパートでした。
実は、二年生のトランペット部員があまりの厳しさに耐えられず逃げ出し退部という、曰く付きのパートだったという(TT)
しかも、女子はわしだけ・・・。
地獄。
小学生をおえたばかりの、チビッ子三人がトランペットに配属されたわけですが、楽器はおろかマウスピースにすら触れない日々。
ドエスな三年生の男子の先輩は、全くなんも教えてくれず、切れると怖いというなんとも最悪な状況。
やっと、楽器が触れてもひたすら、ただひたすら音階の練習・・・。
で、そんな中夏のコンクールでトランペットの人手がたりないから、一年生から一人コンクールに出場する者を決める。と、言われ。
(通常夏のコンクールは、三年生がメインで出場し、残りの枠を二年生が占めます。場合によっては、二年生でもコンクールにはでれません。一年生の出場はかなりレアケース。)
ああ、どうかわたしじゃありませんように(涙)と祈りながら、先輩や先生の前で楽器を演奏。(ただの音階)
で、結果。
「渡邊」と先生から冷たく名前を呼ばれ、わたしの祈りも虚しく、超冷たい三年生の先輩とともに一年生でコンクールに出ることに。
コ、コンクールが終わったら辞める(涙)
と、思いながら毎日顧問に「渡邊!そこもういっかいやりなおせ!真面目に吹け!」と合奏中に切れられ、先輩方をイライラさせながら夏のコンクール当日。
よーすけ、あっつから(同じパートの同学年)渡邊頑張れ!と励まされ「うんがんばる。。」と返事をするも、心の中では「おまえらはいーよな、見てるだけでよ(T_T)」と思いながら、無事演奏終了。
結果銀賞。
よし、辞めるっていう!絶対やめる!とおもうも、コンクールが終わるとすぐに、マーチングの練習が。
で、死にそうになりながらマーチング本番が終わると、秋のチャリティーイベントで駅前で演奏したり、幼稚園に呼ばれて出張演奏したり。
で、気付くと三月の定期演奏会の時期に。
辞めるって、言えない、、、。タイミングがない(T_T)
そんなこんなを繰り返し、三年間続けた部活。で、万年銀だった我が母校のブラスバンド。
わたしたちが三年の時、夏のコンクール見事金賞までとりました。
「稲城第四中学校・・・ゴールド!金賞!」と言われた瞬間は「部活続けてよかった。涙」と初めて思えました。そのとき初めて辞めるの辞めようとも、思いました。(三年の夏にはじめて退部を思いとどまる。)
練習中に、わたし何度も貧血でぶっ倒れ、あまりの厳しさに何度も泣いて、3日に一回は辞めると思いながら三年間続けた部活。
ああ、青春。青春の熱い一ページ!
あっつ、よーすけ、わたしたち頑張ったよね(ToT)と話をふると「おまえ一番さぼってたじゃねーかよ!」とのこと。。
え、そうだっけ。。と記憶をたどると、たしかに。暑い日は、こっそり体育館の裏で水道だしっぱなしにして足を冷やしたり、図書室で爆睡したり、してたな。。。
わしが練習さぼってばっかだから、わしだけ厳しかったのかな。。もしかして。
よく、わたし一人で、顧問に怒られ正座させられてた気もするな。
わしがさぼってるのが見つかって、連帯責任で放送室にトランペット三人閉じ込められて、練習させられたこともあったな。で、貧血で倒れて気づいたら職員室の涼しいとこに寝てたとかもあったよな。。
・・・。わし、超迷惑な人。
いや。とにかく、本当に頑張ったのは間違いないから、ま、いいか。
株式会社フレッジ
渡邊陽子
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