病気の父の様態が思わしくない。飲みものも食べものも受付なくなっている。
十年以上前に病床に倒れた父。
吉祥寺で小さなレストランを経営していた父。
わたしは小さな頃から、父が自慢だった。「よーこちゃんちのパパカッコいい!」と、よく友達に言われていたし、怒ると怖いけど、いつも笑っていた優しい父だったから。
自分でいうのもなんだけど、身長182センチ、目は二重で大きく、鼻筋の通った甘いマスクの父は正直本当にかっこよかったと思う。
少なくとも、あたしは医者や芸能人から結婚を申し込まれたことがある!と豪語する母の昔は美しかった説より、お父さんが昔美男子すぎて一度に何人からも愛の告白をされた、説の方が信憑性があった。
わたしが中学二年生の夏。脳の病で倒れた父。
それからずっと半身麻痺で今まで生きてきた。それでも、雨の日も風の日も、リハビリを続ける父の姿は今でも目に焼き付いて離れない。
思春期だったわたしは、父が杖をついて外を歩くだけで恥ずかしかった。
今思えば、恥ずかしいなんて思うことはなかったんだ。お父さんごめんね。
母は母で、懸命に働き父を支え、娘2人を育て、大学までだしてくれた。
数年後。父は普通の日常生活は送れるようになっていた。
その後数年間は、色々なことがあったけど、この日記では割愛。
そして、3年前。父の脳の病気が再発。
手術は成功したけれど、歩くことも立つことも出来なくなった父。今ではもう、わたしが誰だかもわからないのかもしれない。
父が二度目に脳の出血で倒れたあと、運びこまれた病院。
泣きながら、「お父さん」と呼び掛けたわたしの声に、意識が混濁した中で、わたしの頭を撫でてくれた。
なんどもなんども頭を撫でてくれた大きな手は、陽子ごめんな。と言っていたようにも感じて、余計悲しかった。
父が倒れたあと、父の大切なものが入っていた押し入れの中から見つけたカエルの貯金箱。
わたしのために、父が500円をたくさん貯めていてくれた。
お父さん。
お父さん。
お父さんは、わたしが娘でよかったですか?
お父さんの人生は、楽しかったですか?
お父さん、今のわたしのやっている仕事は、このまま頑張っていいですか?
お父さんだったら、そんないばらの道を進むのはやめなさいと言いましたか?
それとも、一度決めたことなのだから、志を高く持ち前を向いて進めと言いますか?
お父さん。
お父さん。
お父さん、大好きです。
母と結婚し、わたしに命を授けてくれてありがとう。
だからもう少し、頑張って欲しい。
株式会社フレッジ
渡邊陽子