ここ最近、児童虐待のニュースが目につきます。今朝も虐待事件で5歳の男の子が亡くなったと報道されていました。身長体重ともに、今のタイガより小さい5歳の男の子。ネグレスト(育児放棄)だったようです。
2歳になった息子を横に、こんなニュースを見ていると胸が引き裂かれる程つらい。
鼻水を垂らしながら、真剣にお絵描きをしている息子を見ながらこんなニュース。もし、この子が虐待されるような環境で生活しなければならなかったら・・・。一番信頼しているママに、痛いことをされたり、ケガを負わされたりするようなことがあったら、タイガは・・・。
おもわず側にいるタイガを抱きしめていました。タイガには「ママ痛いからやめて~」と嫌がられてしまいました。
育児支援の中でもこういった虐待についての私達の立ち位置がどうあるべきか、議論が分かれるところでもあります。
こんなこと公のブログで書くと非難されてしまいそうですが、やはり、虐待という行為は憎いです。この世からなくなって欲しいし、虐待をしてしまった側もそれ相応の罰や教育を受けるべきでしょう。
しかし、虐待という行為は様々な原因が複雑に絡み合って起こってしまう場合が多いようです。
その原因の複雑に絡み合った糸を、一つ一つほぐしていくのには非常に時間がかかる作業だし、第三者だけがその糸をほぐすにはあまりに複雑すぎるのです。
虐待が起こっている家庭には、家族・学校・行政・医者・育児支援者・親戚・知人・友人。沢山の人達の手が必要です。
また、虐待をしてしまってる側にも助けが必要な場合もあります。悪いことだ、いけないことなんだとわかっていても、子どもに対して虐待行為をしてしまっている自分が止められない。気づくと子どもに、異常なほどの暴力行為を働いてしまう。カッとなった瞬間に虐待してしまっていた。
どうしよう。でも、誰に相談したらいいのかわからない。誰に助けを求めばいいのかわからない。一方的に、あなたが悪いんだと責められるのではないか。。。だから誰にも言えない。
こんな風に自分を苦しませている子どもの存在がうっとうしい。イライラする・・・。そしてまた虐待に走ってしまう。
この問題の解決の糸口は、わたし個人としては一つだけだと考えています。
『みんなで子育てができる社会をつくること。』
これだけ少子化が叫ばれている日本。子どもたちは日本の未来の宝です。産んだ親だけが、子どもの将来の責任を担うのではなく、近隣住民や地域社会が一緒に責任を持って、子育てができる社会をつくるべきです。
自然発生が無理なら、まずは人工的にでも作るべき。
例えば、本当に例えばですけど、自治体が主導になって、この家族とこの家族とこの家族はグループです。困ったことがあったら(これは制限を設けるべきですが:例えば金銭の貸し借りはNGだとか。)このグループでまずは助け合って下さい。といった制度を人工的につくる。
これは、大きな災害時にもきっと役立つことでしょう。子育てにも大いに役立つだろうし、老人の孤独死も減るかもしれない。
これをすべきというわけではないですが、こういう風に強制的にでも他者との交流を図れるような機会や制度をつくれば、ほんの少しかもしれませんがこういった悲しいニュースが減るんじゃないかなと思っています。
亡くなった5歳の男の子へ。
天国では沢山の人に愛されて幸せになってほしい。あなたが生まれてきた意味、そして悲しいけれど亡くなってしまった意味は、今後の日本の子育てのあり方に一石を投じることができるとわたしは思っています。あなたの死によって、私達大人が責任を持って解決していかなければならない大きな大きな課題を与えてくれました。
苦しかったでしょう、痛かったでしょう、悲しかったことでしょう。でも、あなたが生まれてきた意味はきっとある。
そして、次生まれてくるときには必ずあなたを愛してくれる両親のもとへ生まれてくることができると思う。わたしのところに生れてきてもいいからね^^(当分その可能性は0だけど将来的に万が一、ひょっとしたらってこともあるので)その時は、たくさんたくさん愛してあげることを約束します。
株式会社フレッジ
渡邊陽子