東北へ | 今日の『しょーもな!』

今日の『しょーもな!』

日々のことを徒然に

 
先週末、
東北へ研修で
出張していた。

7日(金)に福岡を出発。
 

いわて花巻へ。
福岡も
寒かったが、
岩手は

 
 
うっすらと雪化粧。
空港からすぐのところにある工場で
研修と見学を終え、

宿泊先へ向かう途中だった。
10数名の社員のスマホから
けたたましい警報音。


『地震警報』のエリアメールだ。

しかし、
田舎の真っ暗な場所を
走るバスの中では
揺れを感じなかった。

ホテルへ着くと
フロントの女性らの
表情がこわばった笑顔…。


部屋割りされ、
ようやくTVをつけると
当然どのチャンネルも
『津波!逃げろ!』
その後も
余震などがあったらしいが、
ホテルでは感じなかった。

 翌朝、
レストランからの
風景


   
   
 つららも。

スケジュールの都合で
朝、7時30分に出発。

こんなに寒いのに
朝からホテルの女性が
入り口でお見送り!

 
 
北国の人はすごいと思ったのが、
 
  
 こんくらいの雪であろうが、
ビュンビュン運転できること!

東北道でも

 
  
 普通に飛ばしてる!
福岡なら通行止めになりそうな積雪なのに。
スタッドレス標準なんやろうばってん、
こわ~とか思ってたら、
対向車線で事故ってる車がいた…


当初の予定は
平泉から松島の予定であったが、
平泉(世界遺産?)は
改修中?で観れないとか。

もともとの予定に入っていた、


『石巻』へ。

遠くに見えるのが
石ノ森章太郎記念館

 
 
この日は昨日と違うバスで、
朝からガイドさんが随行。

しかし出発時から、
皮肉。


昨夜(津波警報)があって、
今日石巻へ向かうのは
非常識だ!みたいな。

当然だ。
石巻へ向かう途中も
ずっと、被害を葛藤しながらも
紹介していただいていた。


もうじき2年。
石巻の市街地は
なんら福岡の町並みと
変わらない活気。
昨日のことさえ感じない。
が、
ガイドさんの話では
川を逆流した津波が、
町の中心近くのケーズ電気あたりまで
押し寄せたとのこと。


さらに
港へ。

言われていたが、
景色が一変した。

新しい工場がどんどん建設され
よく見ないとわからなくは
なっているが、


  
  
  
 手がつけられていない現場も。

  

津波は数十メートルなので、
住宅の1階はまず使えず、
こういった家が多かった。

 
 
ガイドさんによると、
ほとんどが根こそぎ流されたので
基礎しか残っておらず、
残ってた家も、
ほぼ解体されたそうである。

風景は建物がほとんど
流されたため、広大な野原に見える。
ガイドさんによれば、
そんなところにポツンと
壊されず残っている家は
家族らが全員消息が不明なため、
許可が得られないため
壊せない家があるとのこと。


 


『瓦礫』
(行く前には、瓦礫とひとくくりで言っていいのか?
震災前は、一人ひとりの持ち物であったのに。)
などど考えていたが、

量がすごい。

 
 
 

これも
きちんと
木材、金属など分別されているそうである。

 
車の山。
数え切れない。

 
 
 
新車っぽいものも
混じってる。


  
 
一角に
消防車のかたまり。
無念…


大川小学校の悲劇などを
聴きながら
『門脇小学校』

 
 
 
津波は3階まで襲ったそうである。
門脇小学校は、
背後の日和見公園へ
ほとんどの生徒が避難し助かったそうである。

 

津波は背後の山に
跳ね返り、屋上をも
飲み込んだとのこと…
皮肉なことに背後の高台は
ライフライン等も被害はないそうだ。

 
がんばれ!

以前はコンビニらしき建物。
 
 

お婆ちゃんと孫の男子が
数日後にみつかった家の近くの
お寺。住職が声を掛け
見つけたそうだ。

 
墓石が危機を救ったそうだ。

 
バイクの山。
 
基礎だけは延々、残ってる。
 
 
壁がない工場。

石巻から
名取市へ
閖上(ゆりあげ)地区を通って
仙台空港へ。



仙台空港を襲う津波の映像も
焼きついていたが、
現在はキレイになっている。

 
 
しかし周辺を
注意深く見ると、

ありえない曲がり方をしている
ガードレールや電柱が、
まだ残っている。
来る途中の松並木や杉並木も
海水で枯れている。

杉は特に塩水に弱いそうだ。

空港の清掃には
壁面を自走するアメリカの機械などが
使われたそうである。

 
 

行機やヘリが流されてた映像がかぶる。
津波は2階まできたそうだ。

東北をあとにして

福岡へ。

 
 

福岡の方が
寒かった。


今回、
いくら研修とはいえ、
観光バスで
被災地に入ってよかったのか?
ガイドさんも、ものすごい葛藤が
あったようだ。
地震の翌日に行ったのもあるし、
地元の人、ほぼ全ての方が、
何らかの傷を負っているのに、
物見遊山で、行ったわけではないが、
何もやらずに帰って来てしまった。

また機会があれば、
自分で行ってみたい。


自分の眼で観たかった。