つづきです。

 

本を読む理由③

 

 

 〇他人の視点を世界認識の補助線にするツール。

 

 

 また、さらなる世界認識のためのトレーニングツールとも。

 

 

 これは、小説も含めます。

 大衆に小説が浸透していない時代には他人の角度のついた視点を知る機会はほぼ皆無でした。

 (一般的に書籍が庶民へ浸透するにしても物語本から入るほうが入りやすかったのだと思います。)

 

 

 ◇ 数百年前を想像してみれば~の話

 

 ・コミュニティ内の人の話だけでは、世俗的な世界観に限られてしまう。

 ・良しも悪しも、庶民は生活圏の話にしか興味がないものだし、めったにその他の話をしない。

 ・教会や寺社の聖職者の話だけでも信仰上の世界観に限られてしまう。

 ・聖職者は、神ありき仏ありきで世界認識を構成する。

 

 ・これでは素朴ながらも人生でふと思う、自然、且つ深い疑問に対して納得できる回答を与えてはくれなかった。

 ・また、独善のまどろみにハマってしまうので様々な迷信が生まれるのでしょう。

 

 

 

 現在と比べると、多様な考え方を生む視点が(相当量)不足している状態です。

 

 

 そうなると、結果、周囲の言うことに従順な人間となるか、逆に自分勝手な解釈をする自己中心人間になってしまうか、のどちらかなのでしょう。

 

 

 そもそも識字率が高くならなければ、市井に小説を含めた書籍など広まるはずがありません。

 しかし、近代化以降、一般人が多様な本を読むようになり、他人の立場に立って、ものを考える、というトレーニングができるようになりました。少なくともその機会は増えたはずです。

 そして、世界で、社会で今何が起こっているのかを最新の小説を通して感じることができたでしょう。

 

 最新の考えを含んだ本を知ることで、社会とのコミットメントを深め、知る由もなかった他者の様々な人間関係や様々な悩みを知り、世界認識を広げていったと言えます。

 

 

 欧州では大衆が小説を読むようになり、犯罪件数が減ったという統計(データ)があるそうです。

 

 

 

(つづく)