<考察ノート式>

 

◇本を読む理由は人によって様々だと思います…◇

 

その中のひとつ二つ、…三つ四つを書いてみようと思います。

 

 

① 深い理解(ディープ・アンダースタンディング)

② 知識の資本化

③ 他人のパースペクティブの加算

 

④ 洗脳と解除の繰り返し

 

とりあえず、このへんを思いつきました。

 

ひとつずつ詳しく見ていきます。

 

 

本を読む理由①

 

 世の中への理解が深まると人生が楽しくなってきます。

 

 

 (イメージA)

 

 中学数学レベルの喩えで恐縮ですが…

 

 

 ものごとへの理解のイメージを、平面的なものから”高さ”を乗じた立体イメージに変えられる内容(やきっかけ)が書かれた本は、思考次元を変えてくれる本だと言えます。

(”高さ”は、”深さ”と言い換えた方がいいかもしれません。)


 理解に厚みができるため、それはそのまま(頭の中にできた)世界観の厚みとなります。ぼんやりよくわからなかったことをある統一された構造として説明できるようになります。

 

 ひとつの思考モデルのイメージとして扱うことができるので、これらの思考モデルが増えてくると、今後のさらなる世界認識に応用することができる気がします。

 

 

 世界の構造の解明は何歳になっても愉しいものです。一生ものです。

 

 

 

本を読む理由② 

 

 

 知識は資本と言っても過言ではないでしょう。そして(フルフィルメントに)生きることを成り立たせる重要なキーは資本と投機になります。

 

 知識が蓄積されると、脳内のネットワーク綱(=クオリア)が形成され、まだ見ぬいつかの閃きの素養になります。

 

 

 単純なわたしなどは、新しく覚えた言葉を実際の会話で使用できただけで、新しい自分に生まれ変わった気がしています。(大げさかもしれませんが、言語と精神と身体が強く結びついていることは確かです。)

 

 また語彙力は年齢を経ても伸ばすことができる能力だそうです。(――と、とある脳科学者が言っておりました。)(認知症にかかったら話は違ってくるかもしれませんが、)一生投資できる分野なら価値ある投資先と言えるのではないでしょうか。

 

 そうなると脳内のネットワーク網もどんどん発達していくはずです。

 

 

 (余談)

 単純な記憶作業は、よく能力開発の悪手として批判されますが、意外に脳内にネットワークをつくるそうです。

 ですが、できればやはり、アウトプット(発表)を意識しながらインプット(記録)していく方がよいかと思います。

 

 

 

 これは知識の資本化と言えます。神の見えざる手(自然な需要と供給)(アダム・スミス型)。またはある程度、計画性をもった(広い)知識の投資(ケインズ型)。経済学をモデルにした知識との接し方は、比喩としておもしろいかもしれませんね。

 

 

 (つづく)