エミリー・ディキンソン詩集。購入しました。
(邦訳のみで原文はなし)
読み易い(詩)文調で親しみやすい。ほぼ一生、家の敷地から出なかった彼女が自分の周りにある世界と交感している様子を想像しながら読んでみようと思う。
昔、英語で読んだときは神のごとくの詩行かと思ったけれど、何度か読んでいると、ダッシュ(―)の多さや韻文(音)、自分の文調(詩文の調子)への拘りから文法を崩すところなど、彼女の癖を強く感じるようになった。そして、今は彼女の癖を読んでいるような錯覚にもなる。
(今は人間臭さの方を強く感じるかな)
逆に日本語訳では、そういう癖はあまり気にならない。
原文にある、冷静な観察眼や緊張感は、この本の訳では、少し和らいでいるよう(に感想した)。
でも今回の日本語訳もそれなりによいですね。
適当に抜き出してみます。
肉体を持つことが 怖い!
魂を持つことが 怖い! のです
測りがたく大きく 壊れやすい所有品
自由に選択したのではありません
気がついてみると 相続している
この世の二つの財産です。受け取ったわたしたちは
死ぬまでの束の間、さながら公爵で
そして未開地の国づくりをする神なのです
〇因みに私にとって一番印象に残っていたディキンスンの詩が…
I heard a Fly buzz-when I died-
The Stillness in the Room
Was like the Stillness in the Air-
Between the Heaves of Storm-
The Eye around-had wrung them dry-
And Breaths were gathering firm
For that last Onset-when the King
Be witnessed-in the Room-
I willied my Keepsakes-Signed away
what portion of me be
Assignable-and then it was
There interposed a Fly-
With Blue-uncertain-stumbling Buzz-
Between the light-and me-
And then the Windows failed-and then
I could not see to see-
蠅がうなるのが聞えた―わたしが死ぬとき――
部屋の中の静けさは
空の静けさのようだった――
烈しい嵐と嵐の間の――
(略)
(亀井俊介訳)
ではじまる詩でしたが、何故かこの本には載っていませんでした。
〇もうひとつ印象に残っていた詩
A Bird came down the Walk--
He did not know I saw--
He bit an Angleworm in halves
And ate the fellow, raw,
And then he drank a Dew
From a convenient Grass--
And then hopped sidewise to the Wall
To let a Beetle pass--
He glanced with rapid eyes
That hurried all around--
They looked like frightened Beads, I thought--
He stirred his Velvet Head
Like one in the danger, Cautious,
I offered him a Crumb
And he unrolled his featheres
And rowed him softer home--
Than oars divided the Ocean,
Too silver for a seam--
Or Butterfilies, off Banks of Noon
Leap, plashless as they swim.
小道を歩いてきた 一羽の小鳥
わたしが見ているともしらず
一匹のむしを 二つにちぎって
飲みこんだ 生きたまま
そのあと てぢかの草のつゆ
ひとしずくのんで そのあと
へいぎわに ちょんとよけて
道をゆずった かぶとむしに
(略)
(内藤里永子訳)
の方は載っていました。
因みにこちらが「アメリカ名詩選」(別本)に載っている訳
https://www.amazon.co.jp/アメリカ名詩選-岩波文庫-亀井-俊介/dp/4003233514
小鳥が歩道をやってきた――
わたしの見てるのも知らないで――
ミミズを半分に噛み切って
生のまま食べちゃった――
それから露をひとすすり
手近の草に口を寄せ――
それから堀の方に横っとびした
甲虫を通してやるため――
いそがしい目で見まわした
(略)
(亀井俊介訳)
彼女にかかれば、小鳥が一羽いるだけで詩になってしまいます。想像ではなく冷徹なまでの観察力が生かされています。
どちらの訳がよいかは個人により差がありますので一概には言えませんが。
まだ読んでなくて興味のある方は、ネットで検索すれば彼女の詩はたくさん出てきますので、ぜひぜひ読んでみてください(できれば原文とセットで^^)
詩の翻訳は(確かに)無理があります。しかし、原文と照らし合わせて読むなど有益な利用方法はありますし、外国の偉大な詩や詩人を紹介してくれる窓口だと思えば、光明ある手引書にも思えてきます。
少なくとも原文の内容に触れることができるので無下にすることもできません。
(よく考えると、詩の翻訳という存在は思った以上に有難いツールなのかも)
なんだか消極的な擁護になってしまいましたが、このへんでおひらきにしたいと思います。
(もちろん、素晴らしい訳詩もあります!)
(おわり)