「納豆」と季節の移ろい | flatout@blog

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魚突き師はしけんが海の中で感じたことを書くブログ

どうでもいい話ですが、私は「納豆」が大好きです。

 

「大好き」と言っても「味がとても美味しい」とか、そういうのではなく、単純にタンパク質補給の為にこれでもかってくらい食べているのを、とりあえず「大好き」とさえ言っておけば、わざわざ色々な説明をしなくても済む。そんな理由からです。

 

魚突きの為に、筋トレをしたりランニングしている人にも、納豆を食べてる人は多いんじゃないですかね。

 

 

「大好き」というだけあって、私は「1年365日」、ほぼ毎日納豆を食べているのですが、実は納豆が、こんなにも毎日季節を問わず食べられるようになったのはごく最近の話のようで、一昔前では納豆は決まった季節にしか食べられなかったそうです。

 

納豆は、原料である大豆を収穫してから、仕込んで出来上がるのが「秋から冬」にかけてだったので、江戸時代では街中を練り歩く納豆売りが冬の風物詩の一つで、そのため納豆は「冬の季語」にもなっていたんですね。

 

今は食品の加工技術が進歩し、年中食べれるようになった納豆は、アスリート達の筋肉維持にとんでもなく貢献するようになり、海外からも注目されています。

 

 

こんな感じで「日本の四季の美しさ」を感じられるちょっとした出来事が昔はそれなりにあったものなのですが、テクノロジーの進化のおかげか、ただ暑いとか寒いとは感じますが、季節が美しく移り変わっていることをあまり感じない世の中になりました。

 

そして魚突きでも、四季の移り変わりによって、捕れる魚種が変わったり、寒くて潜れなくなりシーズンオフを迫られたりと、海に潜ること自体が四季の移り変わりを直接感じられる活動だったのですが、ここ最近、それが変わってきたような感じがします。

 

 

約20年前では、10月末になれば水温が下がり、分厚いウエットを着ていれば海に潜る事は出来るのですが、肝心の魚影はスカスカで、得物自体が居ないのだから、強制的にシーズンオフに追い込まれていました。

 

しかし最近では、私の潜っている地域では、真冬の2月であってもイシダイなどが居なくなることがなく、シーズンオフをする必要がなくなってきました。

 

 

さらに、南方にしか生息しないアオブダイを目撃するようにもなり、海水温度はそんなに変わりはないのだけれども、生態系自体が少しずつ変わってきているような気がします。

 

たまにマグロの群れを目撃することもあり、わざわざ南方まで遠征する必要がなくなって来ているのかもしれませんね。

 

 

「食べ物」でも「魚突き」でも、色々なことが重なり、それぞれの季節の美しさを感じ難くなってきた感じですが、少しそれを残念に感じながらも、美味しいものがいつでも食べれて、大物が狙えるなら「まあいっか」と都合よく喜んでいるところです。

 

しかし、都合の良いことばかりが起こらないのが世の中というもの。

 

20年でこれだけ変わったのだから、あと20年後の海は一体どうなっているんでしょうね?

 

今は自然の偶然から与えられる物に感謝をしながら、とりあえず楽しんでおくとしましょう。