なんちゅーか。
進化論否定教育は違憲 米連邦地裁判決「ID論は宗教的見解」
「ID(intelligent design)論」というのは、「何らかの”知的設計”によって人間が生まれた」とする理論(と言えるのか?)。よく聞くのは「宇宙人が遺伝子操作で地球人を作った」とか。
・・・聖書もそうだし、シュメール神話やその流れをくむ神話、竹内文書や矢追純一(爆)まで。
なんか・・・この手の裁判でマジメに議論しなきゃいけない弁護士とかに同情してしまいそうだ(笑)。
これもそうだし、「マク●ナルドのドライブスルーで買ったコーヒーが熱すぎて、足で挟んで運転してたらこぼれて火傷した」訴訟とか・・・・・・
そんなモン足で挟んで運転する奴が悪いってのに・・確かコーヒーの温度5℃下げろって判決出てたはずだ・・・・・エェッ!?(* □ )~~~~~~~~ ゚ ゚
熱心(と言っていいのかどうか私には判断できないが)な人の中には、「聖書の創世記で『神は6日間でこの世を創った(7日目に休んだ)』と書かれているからには、宇宙も地球も6日(=144時間)でできたのだ」と
比喩としての「6日」ならまあ理解もできるが・・・・・・・・
そりゃ私だってダーウィンの進化論だけでは説明しきれない事が多くあるのは認めますがね。
でもぶっちゃけた話、進化の過程にせよナニモノかに作られたにせよ現状は変わらない訳で。
そんな所の議論に時間を取られるよりは「この先人間はどう進むべきか」を考える方が有意義なんじゃないのかなーと。今さらおサルさんには戻れないんだし。
もっとも私は人間が万物の霊長だとは全く思っていないんですが(笑)。つーか種として見れば最悪の部類に入るんじゃないかと。
同種どうしでだまし合うわ殺し合うわ。モノを作り出す能力も(人によるけど)ワケ悪い方向に使ったり。
私の本棚には「火の鳥(手塚治虫)」も全巻ありますが(笑)、その中の火の鳥自身のセリフ、
「いつかきっと人類も生命を正しく使ってくれるようになるだろう」
これが好きです。
どこから生命が来たかも大事だけど、それをどう使うか、の方がはるかに大事だと思う。
誰かが作ったんだって何だっていいじゃん。