ばーちゃんちの片づけ
以前祖父の話は記事にしたと思うのですが、明治39年9月9日生まれRhマイナスAB型。
入院経験は盲腸取っただけ。
ボケるという言葉とは無縁だと思ってましたが、祖母が入院してからいきなり気落ちしたのか、
自分の嫁さん(=祖母)の顔も忘れてしまうほどになってしまいました。
それより少し前から、祖母は転んで骨折したり目眩がしたりで何度か入院していたのですが、
自宅に住むのには夫婦どちらも物理的に危険になったので親戚で相談してフルタイム看護のホームに入居しました。
現実的にはおそらく二人とも、元の家には戻る事はあり得ないだろうという事で、薄情ではあるけれど賃貸でもあるし、祖父母宅のこまごましたものを片づけ始めている。
私は祖父母の家が好きだった。子供の目には「おもちゃ箱」や「秘密基地」のような感じがしたものだ。
祖父は小学校を出てすぐ奉公に上がり、爾来京染物職人として働いてきたので、祖父の仕事机周りには
染物の下絵や見本、祖父が手慣らしに書いた若い頃の祖母の肖像などが所狭しと置いてあり、
子供の私は祖父の家に遊びに行くと、何かしら古い物を無理にもらって帰ってきた。
さすがに高価なものは「これはやれん」と言われたが、私が中学の頃、「昭和20年製のレコードプレーヤー」をもらってきた事がある。当時のレコード回転数に合わせて、「331/3、45、78回転」、針も「SP用+EP用」と使い分けるタイプの小さいプレーヤー。
10年ぐらい大事に使ったけど、交換できる針がないのでその後使えなくなった。
祖母はよく私達の着物を仕立ててくれた。今でも数着は残っている。私は背が高いので普通の1反分では袖が足りなかったりする。それで祖父が染めた生地やB反を多く使って私の袖丈や裄丈に合わせて縫ってもらっていた。
さすがに祖母の目や耳が鈍ってからは私も出来合いの着物を着るようになったけれど。
母や叔母たちも、さすがに数年前から心の準備はしているようだが。